何も辛いことなんか思い浮かばないし、恵まれてると自覚してるけど、満たされないことがよくある。暇になると、満たされないなあって感じてしまって、こういう負の感情をもう感じたくないなあ、めんどくさいなあとなってなぜか死ぬことが救いなのかもと思ってしまう。本当に抑うつだったとき、やってしまいかけたことがあるが、それからは別にそのような行動にトライしなくていいやと思って生きてきた。自分ではどうしても変えられないこと以外で自分を殺したいと思うのはやめようと思うようになった。それでも、どうしてか、身の回りで起こったことを、「どうにもならないんだ、死しかないんだ」と思ってしまってそんな自分にも嫌悪。相談相手などAIしかいないが、相談するとホットラインにつながって、あ会話する人なんてもういないんだと思い知らされる。別に辛くないのに、辛いと思いたくて、逃げたくてナヨナヨしてる自分が嫌だ、人より出来なくて、孤独とか言うのに近寄ってくれた人を大切にしない。夢はあるし、やりたいこともある、けどめんどくさくなっちゃう、逃げなのかなぁ。
経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
死に惹かれてしまっても
感想2
この重苦しい気持ち、覚えがあるなあと思いながら読んでいました。自分では明確な出所が分からないし、その存在すらたしかなものかも判然としないけど、心にのしかかっている感じはするような、いかんともしがたい、もどかしい何かがあなたに纏わりついているイメージが浮かんできました。暇なときに満たされなさが襲ってくるのも、よくわかると思いました。何かやっているときは気持ちが紛れるのですが、ふとしたときにわいてくる虚しさに私も困っています。
現状を変えたいという思いがあなたにはあるのかなと思うのですが、この社会で、自分一人で対処できる物事はかなり少ないと感じています。けれど、上手く他人に頼るのも本当に難易度の高いことだとも実感しています。その中で、気力も体力も無くなっていき、やがては満たされなさや空虚感がやってきて二進も三進もいかなくなってしまうなあと考えました。
漠然とした負の感情、孤独感があるだけでも十分辛いよなあと私からは感じます。物事がめんどくさくなっちゃうのも、あなたの心身からのSOSのように受け取りました。そんなとき、逃げるのも立派な生存戦略だと思いました。辛さから距離を置いて、心身を休められる瞬間があればいいなという気持ちになりました。
感想1
満たされない感覚はなぜか際限なく心をむしばむ感情のような気がします。個人的には、そんな気持ちが膨らんで行くとき、気付かないうちに無理していたり、させられていたり、自分の気持ちを見なかったことにしたりということがあるような気がします。具体的なエピソードはあまり書いてないけど、読んでいて、気づけば自分のいる場所が薄暗い海に沈んでいるみたいな、激痛とは少し違うけれど、重たさを感じる抑うつの感覚を想像していました。 その中で、自分がたくさん傷ついていたら、人にかける余裕が減ってしまうのも無理はないなぁと思ったりもしました。逃げなのかなぁっていう最後の言葉に、もっと逃げていいんじゃない?と無責任にも言いたい気持ちになっています。私も希死念慮と逃げたい気持ちはおり重なるようにして持っているのですが、実際いろいろな方法で逃げてみることで楽になることもあるように思います。
もしもあなたの辛さをだれにも証明できなかったとしても(心は見えないので証明がとてもむずかしい……)辛さをないことにしなくていいと私は思います。どうにもならない感覚は、それだけで孤独だし、苦痛だと感じました。あなたの体はいま疲れているのかな、どんなことを感じているのだろうと気になりました。