大学を卒業して、某国立研究所に就職した。その時は大学院に進学して研究したい気持ちも強かったが、金銭的に難しいため断念した。就職先は昔働きたいと思っていた所で勤務地もとてもいい街だった。しかし研究を続けたいという思いが強く、自分で学費などを工面しながら院に進む道を選びその後退職した。
進学して分かったのは、私には前の就職先で仕事を続ける方がずっと合っていたということだった。一度叶えた夢を手放してしまった後悔が頭から離れない。特殊な業界なのでもう二度とそこには戻れないことや、もし続けていたらできたであろうことをずっと想像してしまう。私はあの時、友人や好きな仕事、全てを持っていたのに。また学部の時のように就職が上手くいく気配は無い。私は何のためにここに来て、これからどうすればいいのだろうか。ここで一度自分の人生は終わったように思える。私の進路を応援してくれた人達にも申し訳なく思う。
経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
後悔
感想2
あなたの強いショックや心が削れるような気持ちが伝わってきました。就職や進学などのことが「進路選択」という表現をされること自体、人は一つの方向に進んでいくのだというイメージを強くしている気がして、なんだかモヤモヤした気持ちになります。あなたはなにがやりたいか、どんなふうに生きたいかということを考えて道を選ぶように生きてきたのかなと思います。その経験の積み重ね自体が、 あなたにとっては大事な行動の一つ一つで、あなたの持つ大きな資源のように私には感じられました。「夢」だったのに手放してしまったという感覚は、きっと途方もない喪失として感じられるから、より今が「ない」と感じてしまう部分もあるのかなと想像します。また就職活動がむずかしくて、余計に間違えてしまった感覚も膨らんでいき、「夢」の美しさが際立つ無限ループもあるのかも……。私はいわゆる新卒の就活で就職した経験がないので、正規ルートみたいなものからは遠く、いろいろ行ったり来たりして生活しているのですが、本当は可能な生活や仕事や日々のあり方はいろいろあるように思えてなりません。目的を持って歩いても走っても自転車に乗ってもいいのと同じように、目的を持たずに散歩したり、風や日光や道のありようを感じたり、立ち止まったり、寝転がったり、道を降りたり、引き返そうとして迷子になったりしてもいいと思います。案外、それも終わりではない生き方のひとつであるように思います。こうやって経験談を送ってくれたことは、あなたにとって自分の心を整理するような要素もあったのかなぁと想像しました。
感想1
就職活動はお見合いや恋愛のようなものだと、知人が言ってくれた言葉を思い出しています。うまくいくこともあれば、お互いのタイミングでうまくいかないこともあることなんだと思います。あなたの状況を恋愛と一緒にするのもどうかと思うのですが(すみません)、自分が前に進みたくて相手に別れ話をした後に、やっぱりあの人が忘れられないと後悔をしているような、そんな風なのかなと想像をしています。戻ることのない後悔の渦中は、とんでもなく苦しいなとわたしも身をもって感じます。
院への進学の前向きな気持ちを周りのひとが応援してくれたからこそ、今の後悔の気持ちを誰にも言えずに抱えていたりするのかなとも思います。未練があってわたしはいいのではないかなと思うのですが、時間が解決してくれるかもしれないし、次の人が見つかるまで引きずるかもしれないし、よりを戻せたり戻せなかったり・・その辺りも似ているものなのでしょうか。
忘れられない人や職場に出逢えたのは、幸せなことか不幸なことか・・、そんなことまで考えてしまいました。うまくいかないことが続いたり、ネガティブに入ってしまうととついつい後悔に引っ張られてしまいますが、後悔の波があってもどうかあなたの今日が少しでも明るい日でありますようにと思います。