いろいろ悩みごとが尽きない人生なのですが、今私の心を最も占領していることを吐き出していこうと思います。念のためエピソードには多少フェイクを入れています。
毎日起きてから眠るまでその一連のこと、それに関連する昔の出来事が不随意に思い出されるし、悪夢を見るので夢の中でさえも休まりません。大好きな読書にも集中できなくて、とても悔しいです。
少し前、大学の同じ所属の人に告白されました。いきなりでした。その人のことは、今年度に所属が同じになる前は、講義がいくつか被って同じ教室にいたことがあったか?程度の認識で、当日までろくに話したことさえありませんでした。
当日は「同じ講義をとっているし一緒に勉強しないか」というあちらからの誘いに乗り、一緒に勉強していました。その時は、大学の共通の話題や身の上話で盛り上がり、勉強そっちのけで話が弾みました。帰り道、校門で別れようとしたところ、あちらが「まだ話したいから送っていい?」と言うので、深く考えずに了承してしまいました。これは私が軽率だった思います。
自宅のすぐ近くまで来たところで「去年から好きだった、付き合ってほしい」と言われてしまいました。私はすっかり気が動転してしまい、頭が真っ白になりました。とにかく「怖い、逃げたい」、「でも逆上させないように穏便に」という気持ちでいっぱいでした。私は幼い頃から、このようなピンチに直面すると幽体離脱ができたり自動操作モードに入ったりするのですが、今回もそうなりました。以降、彼と会うときは基本的に魂は体から脱出しています。
記憶に霧がかかったようで仔細なことは分からないのですが「先も少し話したが人間関係にはトラウマがある、特に男性に対してある」「(幼さからくるものかもしれないが)恋は分からない、恋愛行動にも納得できない、性嫌悪もある」、「気持ちを伝えてくれたことは嬉しい、同じ所属同士これからも仲良くしてほしい」の3点を繰り返し主張していたと思います。これらは、朧気ですが彼と交際するなかでも何度も言ったはずですし、彼自身が社会的弱者に興味がある人だったので何回も聞かれるまま詳細を答えたはずです。解離のことも同じく伝えていました。
友達や話しやすい人がいたら相談したと思います。けれども当時、私は大学で一人ぼっちでそのような相手はいませんでした。誰でもいいから早くに相談すれば良かったと強く悔いています。
ほとんど他人同然の相手に一方的に強い思い入れを抱ける、ほぼ絡みナシの状態から異常な早さで距離を詰められる彼に対して強い恐怖心を抱きました。彼のことは本当に何も知らなかったので行動の予測を立てることはできず、同じ所属なので卒業まで離れられず、週一回は顔を会わせなければならない、私は誰にも頼れない。私は勉学を唯一の楽しみに大学に通っており、日々を穏やかに過ごしたいと考えていて、物事を荒立てたくないと思っていました。なので、私は卒業までを相手の要求に適度に応えることで穏便に過ごそうと決めました。それで自分が害されず、相手が快く過ごせていれば問題はないはずです。
私にとっても、全く異なるタイプの人間との交流は学びになるし、自身が全く分からない恋愛や性愛への理解も深められるかもしれないから決して悪いことではないし、また、彼は同じ所属で貴重な討論・情報共有ができる仲間であるから、仲良くするに越したことはない。もしかしたら自分の特性が変化して普通側に寄れるかもしれないと考える私すらいました。
そんなこんなで、告白にはOKしておらず、友達というテイにも拘わらずあれよあれよと物事は進みました。身体接触を求められたのは本当にすぐで、以来私はおそらく一度も断りませんでした。ヤケクソで一度自分から誘ったこともあります。ちゃんと年相応に人付き合いしてコミュニケーション能力を身に付けていればこうはならなかったのだ、高い勉強代だ、もうどうにもならないし、どうでもいいと思いました。
彼と会うときは必ずと言っていいほど解離状態か酩酊状態(会うときはほぼ酒盛りだったし、私もなるべく意識を飛ばすために事前に酒を飲んで会っていた)だったためか、幸か不幸か記憶のかなりの部分が欠如しています。
端から見ても、彼から見ても私たちは仲が良かったと思います。この調子で最後まで我慢して、耐え続ければいいと私は本気で思っていました。
しかし段々と、何もないのに不快感や恐怖感に襲われるようになりました。家族のことやその他の問題が途切れなく重なり続けたこともありますが、悪夢、不眠、倦怠感、感情のコントロールが困難になったり、過去の性被害の記憶も頻繁に現れるようになってしまいました。心身が整わず、落ち着いて講義を受けることができなくなってしまい、困り果てました。
そんな頃、ふと彼の近くにいるとその症状が強くなることに気付きました。離れると少し楽で、彼と顔を会わせねばいけないと思うと気持ちが激しく泡立つと確信を得ることができました。それから自らフェードアウトしはじめた頃に少しの休暇が挟まりました。
当初の作戦が頓挫しこれからの展望もなく、帰省先でトラブルもあり心が荒みまくっていた私は、なんと泥酔した勢いで同期の一人にこの出来事の一部始終を吐き出していました。結論から言うと、怪我の功名ですが、とかく味方を得ることができました。
「お前の行動が軽率だ、相手に同情する」と私に対してはっきり言ってくれると思い、あえてその人を選んで相談した節があります。しかし、予想に反して私のことはひとつも批判してもらえませんでした。私は日頃からその人の態度を信頼していたので「この人がそう言うなら、私が全て悪いということはないのでは?」と自分の考えを見直すようになりました
さらに、同期は何かあったら力になるとまで言ってくれました。最大の懸念は逃げたところで逃げ場がないことでしたが、あっさりそれを手に入れてしまい、以降の休暇明けから私は堂々とあの人から距離を取ることができるようになりました。
同期たちと話したり仲良くしているうちに、あの人との関係性の歪さを認識するとともに今まで封殺してきた自分の気持ちが溢れてきました。同い年の人から基本的な人付き合いや社会常識を学んでいるというのは妙な状況に思いますが、とにもかくにも、同期たちには心から感謝しています。
たとえば、同期は私が嫌だと言ったことは絶対にしません。私が訊ねたことには答えてくれるし、自分が疑問に思ったことはこちらに問うてくれるし、違う・嫌だと思ったらキッパリNOを示してくれます。私は今までこんなに安全なコミュニケーションを経験したことがありませんでした。
「好きな子の嫌なことはしない」、「人間関係なんだから、あなたも配慮されていい」という同期たちの言葉には目から鱗でした。私は好意はどんなかたちであれ受け入れねばならないと思っていて(でなければ最悪加害されてもしかたない)、自分も思い遣られる立場になっていいとは本気で知りませんでした。
少し経ってちょっとだけ元気になったので、例の人に訊ねてみたかったことをいくつかやりとりしました。距離を取って以来、向こうからもほとんど接触がなく、何を考えているのか不明だったので様子見の意味もありました。しかし実質最後通牒になってしまいました。
彼の言葉が非常に抽象的で回りくどく、AIに要約させないと私が文意が把握できないという予想外の事態が起こりましたが、結果、私の言葉を自分の都合の良いように解釈し、私そのものと向き合うことを半ば意図的に避けていたこと、私の自己コントロールの困難さやトラウマを利用してまで自分の理想像や欲求を第一に優先していたことが明らかになりました。私が地味に残念だったのは、彼がまず先に、また何度も、私が相談した同期の自分に対するイメージが低下したかどうかを気にしていたことです。
私は、根幹に恐怖心があるとはいえ、正気を保てているときは彼の生い立ちや考えを聞き、彼なりの立場を理解しようとしていました。彼の興味のある分野について話をすることもありました。彼に限っては自己防衛の意味はとても大きいものの、やはり人同士として相手の気持ちや事情を慮ろうという気持ちもありました。薄々分かってはいましたが、やはり最初から同じ立場には立ってくれていなかったんだと少しがっかりでした。
彼とは今後一切交流を絶つことにしました。
一件落着?で回復傾向なのかもしれませんが、今日に至るまで毎日フラッシュバックきつく、自業自得とはいえ性嫌悪も激しくなり、情緒不安定でちょっと困っています。同期にも寂しさからうざ絡みをしてしまって、申し訳ないです。
今回学べて良かったこともありますが、やはり遣りきれません。早いうちに自分の生い立ちから自己分析して自分に向き合うことを怠っていなければ、これほど自己資源を浪費せずに済んだはずです。そうしたら、もっと学問に打ち込めたはず、テスト対策も万全にできて納得できる回答が作れたはずと悔しい気持ちでいっぱいです。
でも今はもう一人ではないことが分かりました。悲しいことがあっても、怖い夢を見ても、その話を聞いてくれる人がいます。ただ、この発作が落ち着いてくれるまで耐えるだけです。「明けない夜はない」とかいう言葉は大嫌いですが、今だけは信じてみてもいいかもしれません。
感想1
投稿を読んでいて感じたのは、これ以前も、おそらく幼いころから、あなたの生活の中にあなたが正気ではいられないくらいの苦痛がたくさんあったのだろうということです。私たちにんげんの心は一般にイメージされるほど一貫したものではなく、とくに苦痛の強いときには解離など切り離すような働きで心を守っていることを感じます。文章を読み、「彼」からの「告白」はそれ自体があなたの記憶や痛みを刺激するトリガーのような働きをしたのかなと私は感じました。
あなた自身にも判然とはしない、けれどたしかにそこになにか大きなものがあるような、触れがたいトラウマ的な記憶の引き出しがあって、それとともにあなたが生きてきたことを感じました。私もあなたと同じ状況ではなく同列には語れないかもしれませんが、トラウマがトラウマを呼ぶような状況の中で自分でも意味不明になっていた時期があり、穏やかに日々好きなことをして過ごすということはなんてむずかしいのだと感じます。
ここ数年日本でもよく聞くようになった「ポリヴェーガル理論」によれば、私たちは逃走と闘争などの「過覚醒状態(交感神経優位)」と解離や不動などで表れる「低覚醒状態(背側迷走神経優位)」のあいだに、社会的なつながりを感じ、安心できるような状態(腹側迷走神経優位)があるそうです。でも傷つきを多く体験していると、真ん中の状態にとどまることがむずかしく、過覚醒と低覚醒を絶え間なく行き来することもすくなくないといいます。過覚醒も低覚醒も危機反応であり、危険をたくさん感じてきたのだから、それらが基本となるのも当然のことだと思うのですが、その中でまた被害体験が増えてしまうこともあり、とてもむずかしく感じます。(もちろん、それはその人のせいということではないです。)あなたがかなり緻密に自分の状況を理解し描写している様子から、思い出したことを書いてしまいましたが、機能的な話として押し込めすぎてしまっていたらすみません。ひとつの捉え方として、想起したことを書いてみました。
「学びとなる」といった説明はあなたがあなた自身に聞かせてきた合理化だったのかなと思いました。またその中で「この調子で最後まで我慢して、耐え続ければいい」という部分も、もしかしたら、これまでもあなたが他の方保を取れない中で、同じように対処してきた(せざるを得なかった)歴史があったのかもしれないと想像しています。
その中で自分の反応に気づき、フェードアウトすべきだと考えて自分なりにその方策を取ったことや、相談はむずかしい中で同期の人に話せたこと、それらは、それまでのあなたとはまたすこし別の行動だったのかなと思います。私はそれらの経緯を読み、すこしだけほっとした気持ちになりました。また泥酔すること自体、あなたが現状とれる数すくないリラックス方法なのかなぁと思って読んでいました。もちろんデメリットも少なくない飲酒ではありますが、あなたなりのケアや対処であるように感じたのでした。
そんなことを考えていて、改めてあなたがここまで生き延びてきたこととその苦労に率直に敬意の気持ちをいだきました。
きっと現在も、フラッシュバックが日々起こる中で、心身ともに消耗はとても大きいだろうと思います。投稿から3週間以上が経ったころかと思うのですが、いまはどんなふうに過ごしているのかなと気になりました。
苦悩の中で話を聞いてくれる人がいるということの心強さは、私も感じます。でもそれで絶望や苦痛がすべてなくなるわけでもなくて、なんてむずかしいのだとも思います。明けない夜はないのかもしれないと思う日もあれば、夜なんかもう明けるなと思う日もあっていいと思います。
そういえば、タイトルの言葉のリズムがよくて、口の中で転がすように読みました。音に惹かれたからか、どくという音のどこか得体のしれなさを感じつつ、どくどくしているというならそれは生きている感じもするな……という連想ゲームのような思考が出てきていたので、書いてみます。
あなたの感性と知性が受け取ってきたものをこうやって言葉にしてくれてありがとうございました。