経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

新聞奨学生やってる君へ。

偉い。とても偉い。
どんな理由で新聞奨学生をしようとしたかは分からないけども、選択した事実はとても凄い立派なことだと思う。

新聞奨学生は学校に通いながら新聞配達をして奨学金を働きながら返す制度。

私は新聞奨学生を無事卒業して数年が経った。

大変だ。とても辛い。本当に辛い。
経験した人じゃないと分からないこの辛さは。
会社と学校によってスケジュール違うから誰かと比べるものじゃない。

自分は朝の0:30に起きて1:00に出社して6:30に朝刊を配り終え、8:00に登校。9:00からの授業で14:00に終わり、電車の待ち時間ホームでおにぎりムシャムシャ。
15:00から夕刊配達。早くて18:30に勤務終わり、遅くて20:30。
雪の日は22:00とかに帰宅したな。
次の日の出勤時間も1:00だから本当に大変だったよね。
空き時間で課題や勉強をしなきゃいけないから学業との両立は簡単じゃなかった。
集金を選択してる人はもっと大変だったんだろうな。

新聞会社はパワハラとセクハラが本当に多かった。
自分は女だから余計に。
男の場合はパワハラどころか暴力振るわれてたりばっか見てたから怖かったな。
同期がよくアザだらけになってた。
女だったから色んなところ触られたり色んな事言われたり。

皆見て見ぬふりだしね。辛いよね。
きっと多いんだろうな。君も誰にも言えないようなそんな悩み持ってるのかな。

休日出勤が当たり前だった。
1ヶ月休みない日が基本だった。
シフトだと休日なのに、タイムカードは切るなと言われ出勤させられたりばっかだった。

そんな中でも夕刊がない日だったりに少し同期と気持ちを分かちあったりが出来た。

誰かに支えられないと、1人じゃ抱えられないよ新聞奨学生ってのは。

本当に辛いよ。

誰か支えてくれる存在が近くにいないと、あれは続かない。

同じ学校の新聞奨学生で、辞めた友達が何人もいる。
夢を諦めてでも新聞奨学生という環境から抜け出したいんだ。
それくらい辛い。

でもいいと思う。すごく賛成。
辞めた友達は皆違う方法で夢を追ってる。
辞めるのも全然悪い手じゃない。

私は卒業してそのまま今は夢に進んでる。
でも卒業したからと言って何も無い。

新聞奨学生で培ったものは自分の大きな糧になるっていう大人いるじゃん。

全然糧にならんよ笑

ただ学校通うためだけ。

学校にそこまでして通いたいなら頑張るなり、違う方法で新聞だけ辞めて通い続けたり、休学して新聞辞めて資金貯めて、とかもあるだろうし。
君の道は本当に色々ある。

新聞配達で働いて、強いて言えば、ブラック企業に対しての見方?が変わったかも。

卒業して新しい所に働きはじめて、休みが1ヶ月に2回もある!嬉しい!って最初はなった。
次の出勤までの空き時間が8時間もあって最初ものすごく喜んだ。

自分は実家も無いし頼りもいないから一人で頑張るしかなくて卒業まで持ちこたえた。
でも何度も辞めたいと思った。

雨の日憂鬱だよね。
冬場は毎日寒いし。
紙で指切るの慣れちゃうよね。
わかるよ。

私は新聞奨学生で睡眠障害になってしまって、居眠り運転で大事故で緊急搬送されたんだ。
頭縫って本当に大変だった。

怪我はしないに超したことないよ。

女なのに顔に傷ができちゃった。
後遺症だって残った。
怪我したって誰も心配なんかしなかったよ。
手術して帰宅してすぐ社長からの電話は次の日の仕事どうするんだって2時間の説教だったな。
埋め合わせで復帰してから1ヶ月丸々休み無しだったし。

本当に新聞奨学生って過酷だと思う。

頑張りたいのなら頑張ってみていいと思う。

さっき糧になってないって言ったけど、学校も新聞配達も両方卒業したっていう達成感は、どんなものと比べても比べ物にならないくらい大きかった。

これから先これ以上の達成感はおそらく得られないだろうと思う。

新聞奨学生は自分の夢を追うひとつの手段に過ぎない。
他の方法だってある。

辞めたいなら心の底から辞めていいと背中を押せる。

それでもまだ続けてみたいなら心の底から応援の意味を込めて背中を押す。

どっちも君の選択は正しい。

他にも新聞会社自体を変えるって選択肢も取れたり、プランを朝刊のみのプランに変更したりって言うことだってできる。

意外と選択肢は周りにあるよ。

どんな道でも君は最前の道を進んでると思う。
大丈夫。

私も同期だった人も新聞奨学生友達もみんな必死に夢追ってる。

夢諦めて細々と生活してる友達もいる。

全部正しい道だと思う。

毎日お疲れ様。

感想1

当時のあなた自身に向けられた言葉にも思い、今現在新聞奨学生をしている君への言葉にも聞こえ、そしてこれからそれを選ぼうとしている君への言葉にも感じました。「君の道は本当に色々ある。」この言葉を、自分と誰かと共有しなければと強く思ったあなたの体験、夜が明ける前に部屋を出るあなたを想像しながら読みました。体力的な眠たさやキツさ、勉強と課題をこなすなど自分との闘いのみならず、タイムカードは切るなが象徴するモラハラ、セクハラ、パワハラなど他者との表に出せない闘いがあり、「君も誰にも言えないようなそんな悩み持ってるのかな。」と何と闘っているのかわからないくらい忙しい状況の中、散々に傷つけられ疲労困憊してきたあなたがいたのだと思います。個人の頑張りや努力を賞賛する言葉として、「自分の大きな糧」と言ったりもするけれど、あなたはしっかりとそれを否定してくれた。若者が平等に学びを選択できず、たまたま生まれた家庭の経済状況により、それぞれの負担が大きく違ってくる、この社会の状況を「糧」と言う美談にしてはいけないと率直に思ったからです。休みが無い状況から、休みが月に2回もあるという状況になった時、今の過酷さの評価が歪むそのループから外れるそんなきっかけも世の中では簡単には見当たらない、認めたくないけれどあなたが体感してきた現実の本当。「どんな道でも君は最善の道を進んでると思う。」という言葉をたぐり寄せることで、歪むループから抜け出せるかもしれない。頑張ってきたあなたへの労いの言葉は簡単には言葉では表すことができない気もしますが、「お疲れ様」とあなたとともに口に出したい私がいました。投稿いただき、ありがとうとございました。

感想2

投稿ありがとうございます。この文章を目にする誰かに向けられたような言葉が綴られているようで、その奥には耐え続けてきた時間を重ねてきた自分に向けた言葉でもあるように私は捉えました。読んでいて、一つひとつの言葉の裏に、軽く扱えないほどの負荷が積み重なっているのが伝わってくるようでした。
大変だったことが伝わってくる言葉が文中にいくつか見られますが、それは決して誇張ではなく、むしろ抑えた表現として使われているように私には見えました。時間の流れを追うだけでも、生活がほとんど休まる余地のないものになっているような、働きながら学ぶという制度は、一見すると努力や自立の象徴のように語られがちですが、その実態はかなり過酷な条件の上に成り立っていることもあるのだということを改めて痛感させられています。特に、長時間労働や休みのなさ、そしてパワハラやセクハラが日常的に存在していたこと、個人の頑張りだけではどうにもならない領域にある問題だと感じました。
ただ、「達成感」についてはあなたなりの実感が強くこめられているようにも感じます。過酷な状況を抜けたあとにしか得られない感覚があることも事実で、それを無理に美化することなく、それでも完全に否定もせず、あなたが経験して感じたことそのままを言葉にしているからこその重みを感じますし、うまく言葉にはできないのですが、無理に意味づけをしようとしていないというのか…乗り越えた経験の結果が必ずしもポジティブなものとは限らないというような(距離を置いて冷静に見つめているような)姿勢を持つあなただからこそ、最後まで成し遂げられたところもあるのではないかなと私は思うのでした。
「辞めてもいい」「続けてもいい」というどちらをとっても背中を押すような言葉も印象的で、それはかつて自分自身が“続けるしかない”状況に置かれていたことの裏返しのようにも私には映りました。制度や環境の中で選択肢が狭められてしまうことが多い中で、「選べる」ということ自体をあなたは大切にしようとしているのかもしれないなと思いました。
あなたの文章からは綺麗にまとめられた成功談としてではなく、しんどさも理不尽さも含めて、そのままの形で伝えようとしているようにも思いましたし、その中に、“ひとりで抱えなくていい”という想いも込められているように私は感じています。夢に向かって進んでいるとのことで、この先その夢が少しでも実現のものとなることをささやかながら願っています。また、必要に感じられた時はいつでもここを訪れてほしいです。

お返事

長文拝読下さりありがとうございます。
感想がとても心に染みました。
確かにあのころの自分に向けて言ってる部分もあるかもしれません。

この経験があったからか、お疲れ様という言葉は私の中でとても暖かいものと感じとれます。
ありがとうございます。

周りに実際当時友達何人か相談され、辞めた友達、他店に移った友達、それでも私と共に頑張った友達。それぞれいました。
あの頃は生きる事で精一杯になったりします。
正直余裕が無くなる時期が頻繁にあります。
私がそうでした。
そんな当時の余裕のない自分に、現代の自分のこの投稿が目に入ってたら少しは救われたんじゃないかなんて思って体験談として書きました。
自分と同じような気持ちの人がここへ、なにか縋りに来た時、少しでも助けになりたいと思って書かさせていただきました。
また、新聞奨学生を知らない方にもこんな制度があるんだー。くらいに知って貰えたら嬉しいなと思いました。

体験談を全て細かく書いていたらキリがないため、仰っていたようにザックリと抑えての記述になってます。
それでもこうやって少しでも伝わってくださった方がいるだけで過去の私も今の私も救われます。
私の選択は本当に間違ってなかったんだ。と。

ありがとうございました。
これからも夢へ向かって精進させていただきます。

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