経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

どうしてこうなった

大学卒業後、会社に就職。やりたい仕事だったし、内容は楽しかった。
ただ、当たり前のようにサービス残業があった。
社会に出たばかりの私には残業代が付いてるのか付いてないのかよくわからず、同僚に合わせて仕事した。
課長はいつもすぐに帰る。ミスがあった場合怒鳴る。それも重箱の隅をつつくような指摘だ。
次長は文句を言いながらも課長に従う。残業代を付けてくれない。課長がそう言っているから。
ある時、別の課で働く同期に、仕事はどんな感じか聞いた。
基本定時で、たまに残業するときも残業代は全部付いているらしい。
え、じゃあなんでうちの課はダメなの?
先輩に聞いた。残業代は課によるよ。忙しいところだったら休日に出てくる(もちろんサービス出勤)のもよくあるよ。
それを聞いて崩壊した。だって理不尽すぎる。配属なんか自分で決められないのに、こんな差がある。私はお金ももらえず真夜中に帰る。同期は残業したらお金はそれだけもらえるし基本的に早く帰れる。同じ会社内の話だ。
それから全て虚しくなった。会社に向かうと涙が出てきて、その頃はコロナなんてなかったけど一年中マスクを付けて顔を隠していた。家族には何も言わなかった。会社では私が泣きながら仕事していることに関して課長との面談が行われたが、課長の昔話を聞かされて過去の自分がいかに大変だったかを語られた。医務室の人とも面談があったが、その人は看護師で本来カウンセリングをする人ではなかった。仕事ってそういうものだと聞かされた。

そうだね、社会に適応できない私が悪いんだね。結局課長以外みんな毎日残業してるような課で、誰もそれに文句を言わない。それが当たり前だと思ってるから。でも私にとっては当たり前じゃなかった。本当はこれまでみたいに、家に帰って本を読んだり映画を見たりしたかったし、たまには自分でご飯を作って食べようという気を起こしたかった。でも仕事がはじまってからの生活は家に帰ってお風呂入って布団に入るだけ。遅すぎてご飯を食べれないときもあったし、食べるとしてもコンビニで買ったパンやおにぎり。

なんのためにこんなことしてるんだろう?仕事も全然楽しくなくなった。怒鳴る上司、毎日サービス残業する前提の同僚、強制の飲み会、そして眠れない夜。本当に布団に入ってから朝まで眠れない日が続いた。ずっと眠れず、時間が少しずつ朝へ向かっていく。朝っていうのは仕事に行かなきゃいけないってことで、それが本当に嫌なのにどんどん近づいてくる。その不安から眠れない。この頃から毎日がしんどくて、死んだらこれを全部終わりにできると考えるようになった。

理想的にはどうやって死んだらいいのか、いろいろと考えるようになった

でもなんでこんなこと考えなきゃいけないの?

今まで自分なりにがんばって生きてきて、なぜこうなってしまうの?

結局まだ死んでないよ
死ぬことばかり考えるときもあるけど、ためらいもある

強く生きていけたらな。

感想1

最初にあった「やりたい仕事だった」という言葉が、何だか読み終えるまで私の中で残り続けました。元々は楽しさや期待があったはずなのに、それが少しずつ削られていって、最後には「どうしてこうなった」という問いに変わってしまったこと、その変化の過程が、あなたにとってもしかしたら「こんなはずじゃなかったのに」という思いもあったりするのかなと想像しています。
きっかけは、能力や努力でもなく「配属」という自分では選べない条件で、同じ会社の中で働き方や待遇にここまで差があるのに、それが当然のものとして扱われているその理不尽さに気づいた瞬間に、これまでなんとか保っていた前提が崩れてしまったのだと私は思いました。周囲がそれを受け入れているほど、“自分の感じている違和感のほうが間違っているのではないか”と思わされてしまうところにこの社会の不条理さを感じずにはいられませんでした。
課長さんとの面談の時のことも、本来なら状況を変えるための場であるはずなのに、“昔はもっと大変だった”という話にすり替わってしまったことは苦しさの共有でもなんでもなくて、耐えることの正当化が行われているように私には映りました。医務室でのやり取りも含めて、「仕事とはそういうもの」という言葉が、個人の状態を切り捨てる形で使われていて、その空気の中で、自分のしんどさを言葉にすること自体が難しくなっていったのではないでしょうか…。何だか読んでいて勝手ながら私まで悔しい気持ちというか歯がゆさを感じてしまっています。
また、本来なら日常の中にあったはずの小さな楽しみや余力が、少しずつ失われていっている様子が伝わってきて、家に帰って何かをする余裕もなく、ただ次の日のために体を休めるだけになるその繰り返しの中で、“何のために”という気持ちが出てくるのは自然なことのように感じました。私自身も余裕がなくなってくると、本当に身の回りのことに手がつけられなくなり、何のために生きているか分からなくなることが度々あるので、奪われてしまったエネルギーの補充ってどうやったらできるものなのか…生きるって本当難しいよな…と。
朝が近づくほど不安が強くなる感覚は、時間そのものがプレッシャーのように感じられている状態に近いのかもしれないなと考えていました。そこから「死」を考えるようになるのも、突飛な変化というより、逃げ場が見つからない中で浮かび上がってくる選択肢の一つとして現れているように私は感じています。そんな中で、「なんでこんなこと考えなきゃいけないの?」という言葉には、怒りというよりも、戸惑いに近いところもありそうだなと感じていました。これまで自分なりにやってきた分、どこか報われなさというのかやり場のない感情がずっとあなたを取り巻いているように思います。
あなたの今おかれている状態はあなた自身の弱さから引き起こされているのではなく、理不尽な状況の中で無理に適応しようとした結果の疲弊によるものだと私は感じています。休むということが想像以上に難しいことは身をもって感じることではあるのですが、それでもどうか仕事のことから離れられる時間を少しでも持てるようになれたらな…と願っています。機会があれば“強く生きること”について考えを一緒に深めてみたいと思いましたし(私も常々強く生きられたらなと思いながら、強く生きるってそもそもなんだ?強く生きる必要はあるのか?とぐるぐるしているので)、こうして心の内を言葉として表現することであなたの心持ちが多少でも違うのであればまたいつでもここに声を届けてほしいです。

感想2

読み終えて、いやこれは疲れるに決まっている…と思いました。こんな環境に毎日身を置いていたら、心も体もボロボロになって当然だと感じました。

分かりきったことを尋ねてしまうのですが、サービス残業って、定時を過ぎてから無給で働いているということで、それはつまり、労働基準法に違反している真っ黒な部署に配属されているという認識でいいのでしょうか?
多忙な部署は、業務量の多さからサービス残業が常態化してしまうものだと聞きかじっています。この仕事はあなたがやりたかったことで、楽しめることだったから、辛くてもけして辞めたいとは思えないのかもしれないとも想像しています。
しかし、どんな理由があろうとも、これは本来社会的に許されないことです。労働者は、強制的な残業だろうが、自発的な残業だろうが、労働した分の報酬を耳を揃えて支払ってもらわねばなりませんし、企業は労働者に対してきちんと賃金を支払わねばなりません。もし企業がこれを果たさないのなら法律違反、罰則も科せられます。
にもかかわらず、ボロボロの状態のあなたに昔の苦労話をする課長も、その状態が当たり前かのように言う医務室の看護師も、まるでその過酷な労働環境に適応できないあなたが悪いかのようなというメッセージを送り、ますますあなたを追い詰めているように感じられました。
あなたの言う通り、この状況は当たり前ではないし、なんて理不尽なんだと強い憤りを感じます。こんな環境、殆どの人が適応できないと思います。少なくとも私はあなたと同じようになってしまうと思いますし(あるいはもうとっくに倒れているかもしれない)、それが当たり前の反応だと思います。

いま、ずっと不安で、気晴らしもできず、ずっと眠れなくて、心身がどんどん消耗している状態で、思考も上手くいかず、ネガティブなことばかりが頭の中をぐるぐると駆け回っているのではないかという気がしています。同僚たちも、あなたの目からはそう見えなくても、あなたと同じように疲れ切っているのではないかと思いました。
あなたはもうこれ以上ないほどがんばっていると感じます。私としては、可及的速やかに証拠を揃えて労基に駆け込んでほしいという気持ちなのですが、これはあなたのやりたかった仕事な上、あなたにとっては職場の圧力も凄まじく感じられるのではないかという気もしていて、行動に移すことが容易でないだろうことも想像しています。それができなくても、せめて、あなたに休めるタイミングがあってほしいです。もし、ここに吐き出すことが心の休息になるのであれば、ぜひまた来てください。

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