経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

自分が悪いのだろうか

自分が悪いのだろうか
うつ病と診断されて二十年
疲れてしまいました 寝ている時以外はのたうち回る日々です 寝れない日も多いですが
自分の性格が悪いから神様が罰を与えてるのでしょうか もう充分罰は受けたと思います
まだ駄目でしょうか?
死ぬまでこの苦しみから逃れられないでしようか 辛い 死ねるものなら死にたいです
簡単に口に出しているわけではありません
この辛さは、人に理解してもらえないのも分かっているつもりです
私の周りの人はよくフォローしてくれています
しかし辛いのです 身体が痛くて痛くて
うつ病なんてこの世の中に必要な病気なのでしようか 周りの皆を不幸にします
私と同じ辛さをお持ちの方いるのでしようか?
辛い 辛い 辛い
死にたい 死にたい 死にたい
安楽死が認められている国へ行きたいです
この苦しみを政治家の方は分かってほしいです
辛くて息をすうのもやつとです
普通の人になりたい

感想1

鬱とは違うのですが、私も精神疾患の診断を受けていたり身体的持病があるので、勝手ながら共感して読みました。あなたの日々のつらさを想像して、『寝ている時以外は〜』というより、『やっと寝れて』いる時…という表現の方がしっくりくるのではないだろうかと感じました。私は、「もし神様が存在するならば、なぜこんな酷い仕打ちをするのだろう?」と、身体の痛みや心のしんどさにのたうち回りながら、世界や神に恨みが向いてしまう事があります。この苦しみがいつまで続くのかという不安や恐怖が底知れないこと・実際今この瞬間につらい、痛いという事実から、正直冷静ではいられない感覚が私はあるので、いっそ死んでしまいたいと考えるのは無理もないことだと思いますし、投稿を読みながら、あなたもこういった苦しみからくるものがあるのではないだろうか…と考えました。周りの人のフォローに有り難さは感じつつも、それが申し訳なさだったり、自分の不甲斐なさに紐付いてしまって、更に苦しくなってしまうこともあるんじゃないかなぁ…と感じています。あなたとまるっきり同じ気持ちがどうかはわからないですし、全て勝手に判断して色々と言うことはできませんが、「似た気持ちや苦しさを抱えているかもしれない。」と、そっと伝えたくなった私がいます。もしかしたら死にトリには似たものを抱えた人もいるんじゃないだろうかと思ったので、もしよかったらまたここであなたのことを教えてください。また、「みんなそうだから大丈夫ですよ。」という意味ではないことも勝手ながらお伝えしたくなりましたし、”あなたの苦しみ”として受け取り、感想を書かせてもらいました。

感想2

経験談の投稿ありがとうございます。二十年という年月が、“治らない苦しみ”として今もなおあなたの中でずっと続いている様子が伝わってきました。その重みは、ただ長いというだけではなく、終わりが見えない状態が積み重なっていることのしんどさなのだと私は感じています。日々をやり過ごすというより、ただ耐え続けることそのものが生活になってしまっているような感覚もどこかあるのかな…と。
「自分が悪いのだろうか」という問いは、何度も繰り返し自分に向けてきたものなのではないかと感じました。理由を見つけられない苦しみは、時として自分自身に原因を引き受けさせてしまうことがあります。“神様が罰を与えてる”という言い方も、その延長にあるように見え、でも、その問いの裏に”もうこれ以上いいでしょう?”といった限界に近い感覚も含まれているように思えました。(違っていたらすみません)
息をすることさえ負担になるような状態は、外からは見えにくい分、なおさら理解されにくいものかもしれません。周りの人がフォローしてくれていると分かっていても、それでも辛さが消えないという感覚は、支えがあっても埋まらない部分がきっとあるのではないでしょうか。また、「周りを不幸にしてしまう」という思いも、苦しさそのものに加えて、存在していることへの負い目が重なっているように私には映りました。本来であれば支えられる側でも、そのこと自体が申し訳なさに変わってしまう…その構造は、あなた自身の問題ではなく、「迷惑をかけてはいけない」という前提が強く根付いている社会の空気が関係しているように感じ、どうすればそんな社会の在り方は変わっていくのか…と綺麗ごとのように感じてしまうかもしれませんが、考え続けたいと改めて思わされています。
抱えている苦しみをどうにもできない感覚というのか…長く続く痛みを前にしたとき、選択肢が極端な方向にしか見えなくなることは少なくないのだと思います。その中で、「普通の人になりたい」という最後の言葉にこれまで耐えてきた重みと、切実さを感じずにはいられませんでした。あなたが綴った文章からは抑えきれない感覚がそのまま溢れているようで、私はそのままの形で受け止めたいと思ったということをお伝えさせてほしいです。こうして心の内を言葉にしたからといってあなたの苦しさが簡単に和らぐものではないとは思うのですが、また必要に感じられた時はいつでもこちらに声を届けてほしいです。

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