経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

臆病な私

私はずっと死にたかった。
10歳の頃に担任にいじめられた。
落ちこぼれと言われて0点に近いテスト用紙を黒板に貼られた。色々怒鳴られたし、授業中に起立させられて公開説教された。
それからずっと調子が悪い。
日常生活は送れている。だけどずっと心の中が曇っていて、時折土砂降りになる。

勉強ができないので偏差値の低い田舎の高校に行くしかなかったけれど、早起きはできない。元々音楽をやっていたので音楽の高校に行こうと思った。
受験は大変だった。
思春期真っ最中、コロナ禍もあり親といる時間が増えたのは大きなストレスとなった。その間にリストカットを覚えた。浅く数回から、深く何回もと回数が増えていった。どんどん堕ちていく気がした。
高校は受かったがずっと最悪だった。底抜けに明るいクラスメイト、どん底の私。会話は合わない、クラスメイトの目も見れない。孤立したまま3年経って、私はそのままずるずると音大へ進むことにした。
私はずっと前から音楽療法士になりたかった。私は10歳の頃、校庭で練習する金管バンドの音楽に救われた経験から音楽の力を信じていた。しかし学校の先生に、「向いていない。あなたじゃ無理。暗いんだからやめなさい」と言われた。私は夢を諦めて演奏科へ進んだ。その時私は20歳の誕生日までに死のうと決意した。

大学は特待生で入学した。
親の期待が重かったが、高校よりも伸び伸びとした雰囲気で大学は悪くなかった。
大学2年間はどんよりした雲が切れて、青空が見えることもあった。少なくとも、土砂降りにはほとんどならず、小雨の通り雨が1ヶ月に1回あるかないか、と落ち着いた日々だった。
しかしずっと就活への恐怖があった。そして高校3年生の時に決めた「20になったら死ぬ」という約束ももうすぐそこに来ていた。誕生日月が近づくと私の心にまた厚い雲ができた。そして誕生日、私は死ぬこともできず生き延びてしまった。
そこからはまた土砂降りの日々が続くようになった。2年やめていたリストカットも再開した。そのまま死ねたらいいのにという希望をかけて死のうとしたけど、私の身体は死を受け入れてくれなかった。

そして20の春休み。就活も近づいてきた。
私みたいな無能、どこでも働けない。どこも雇ってくれない。そうわかっていたけれど、生きてしまうなら就活はしないといけないのだろうと思っていた。
本屋に寄ってSPIの教本をチラッとみてみると数学の教科書を思い出すもので私は動悸がした。そしてSPI教本の横に置いてあった教員採用試験の過去問が目に入った。何を血迷ったのか私は教採の過去問を買って店を出た。
心の奥底ではできないって気がついて、後から傷つくのなんてわかっていたのに、憧れが捨てられなくて買ってしまった。
教職課程は取ってるし、SPIは解けなくても好きな音楽なら、成績も維持している今なら、勉強だって楽しくできるんじゃないか。ずっと憧れている普通の子達みたいに、たくさん勉強をして夢に向かって努力できるんじゃないかと思ってしまった。
しかし解いても間違いは多い。
何もできなくて担任に笑われる日々をまた思い出してしまった。私は嫌になってしまった。
なーんだ、昔から何にも変わってない。
そもそも死にたいのに、なんで勉強をするのだろう。死にたいならさっさと死ねばいいのに、何を真面目になっているのだろう。バカで、笑われもので、いつも学年ビリだった私が、教員に笑われた私が、教員になれるの本気で思っていたの?勉強なんてできるわけないのに、何に憧れたの?
そう思い始めたら本当に本当に悲しくなってわんわん泣いた。
私ってなんのために生きているんだろう、なんで死ねないんだろう。
死にたいのにお腹は空いて、今日も泣きながらご飯を食べた。
しょっぱいご飯はもう食べたくないのに、生きるためにご飯を食べた。
臆病な私はこうして寿命まで生きていくのだろうと思った。

感想1

10歳の頃の担任教師しかり、進路に口出しをした先生しかり、どうして子どもに対してこんなに心無い言動を行う教師が複数いるのだろうか、という憤りを何より先に感じてしまいました。高校の先生は、一万歩譲ってあなたのことを思って言ったのだとしても、物には言い方というものがあります(でも、どんな理由があれど、こんな風に進路希望のことを吐き捨てるのはやはり不適切に思います)。小学校の頃の担任は言うまでもありません。担任から与えられた理不尽さと恐怖は、あなたの心を大変に深く傷つけたのだと思います。教員は、まず第一に子どもたちに安全安心な環境を提供すべきだと思うのですが、一体何てことをしているんだと悔しくなりました。

泣く泣く夢を諦めたことはあったけれど、それでも音楽を学び続けたあなたにとっての音楽、その存在の大きさを思いました。大学の2年間で、土砂降りだった心の天気が落ち着いていることから、のびのびした環境で音楽を学ぶのは、あなたにとって穏やかで実りある日々だったのかな、と勝手に想像しています。
さらっと書かれていますが、特待生で入学したり、演奏科のカリキュラムと教職課程を両立できている様子、大学入学前も入学後も、とても努力しているのだろうと思いました。他者から理不尽に背負わされた辛さを抱えながらも、自分の信じる音楽をやり続けるあなたは、私からしてみると、とても臆病だとは思えませんでした。

学校の勉強やSPIなど、決まりきった様式で画一的に、限定的な範囲の能力を測るテストでは、個人の持っている特性の全てを把握することは困難であると私は思っています。個人の持つ能力は実に様々なので、この方式では長所が発見されない個人や、スコアを取ることができずに落ち込んで、自己評価が下がり続けてしまう個人が山ほどいるのではないかと思います。
という私もSPIにはどうも不向きなようです。落ち着いた状態なら何とかなるのですが、慣れない場で制限時間アリという張りつめた状態で次から次へと情報を処理するのがダメみたいです。かつて冷や汗だらだらで解いていた学校の定期テストを思い出してしまって余計に解けません。あんな風に卒なくこなせる人に生まれていればよかったのになー、と就活している同期たちを眺めて思うこともあるのですが、自分と似たような状態に陥っている人の多さを想像してみると、もう少し何とかならないものかと考えてしまいます。
あなたについても、既存のテストのスコアには表れないのかもしれない、あなたの思う得意なこと、好きなことを続けられたらいいのにと思っています。

感想2

読んでいて、あなたをそんなふうに傷つけて追い込んできた学校って本当になんなんだ……と考え込む気持ちになりました。もしかすると、あなたは世の中の評価のあり方で捉えたときに、得意不得意の差が大きいタイプなのかなと文章から想像しました。私自身もそういうところがあり、教員に折り合いの悪い生徒で学校も教員も苦手な人生です。その中で美術系の学校に行き、のびのびと過ごせる場所があることを知ってとてもほっとしたことを覚えています。そして大人になってから、いや、むしろ世の中の多くの学校の基準のほうが狭すぎるのでは?という気持ちになっています。
受験と親とのストレスで自傷行為をしていたのも私自身の経験と重なるところがあり、それがコロナ禍とぶつかれば逃げ場は減ってしまって、どれだけ苦しかったことだろうと思いました。

本当は勉強って、学校の授業のような教員に教えられた正解を答えることをだけ求められるようなやり方や内容以外にも、たくさんあるはずだと私は思っています。だけど、学校が子どもにとってあまりにも影響力の大きな場であることで、学校が勉強や学びの象徴のようになり、トラウマ的な体験になってしまうことが少なくないと思います。私自身もずっと「私は頭が悪いんだから仕方ない」って思ってきて、すこし頑張ろうと思っても「どうせできない」という感覚が襲ってきていたのですが、あなたの中にも、あなたを決めつけつらく当たるような声が強く響き続けていることを想像しました。「落ちこぼれ」も「あなたじゃ無理」もそんなことを人に言う権利があると思い込んでいる教員その人が恐ろしい……という気持ちになっています。無責任な呪いのような言葉で、そんな呪いはすぐに解けて消えてしまえばいいと思うのですが、そう簡単にもいかないことも当然のようにも思います。

この間みたドラマで、教員役の人物が「自分は学校が嫌いだった。学校が嫌いな教員がいてもいいと思って、教員になった」というようなことを言っていました。私は本当にそうだなと思いました。学校でなにも問題を感じず、教師に好かれるような人たちばかりが教員になりやすいから、教員の価値観が偏って窮屈な場所を作り続けてしまう悪循環があるように私は感じるのです。むしろ、そうじゃないさまざまな人が増えることが、学校や子どもたちの生活を豊かにする可能性だと私は思います。そういうことは、学校以外の現場や職場でもあるように思います。職場も仕事も働き方もいろいろあるし、本当はいろいろなやり方があるはずです。(そういう情報を見つけるのがむずかしいのが世の中の課題だと思いますが……)

読んでいて、臆病というより、あなた自身は探そう、進もうとする意思があるのに、それを押しとどめる呪いの言葉をたくさん受けてきたことで、身動きがとりづらくなっているということなのではないかと思いました。もちろん、進み続けるほうがいいというのもへんな話で、休むことも動くことと同じくらいの大切だと思います。私はあなたは生真面目でひたむきに物事をこなせる力がある人のように思います。だからむしろ、頑張りすぎずに、自分を責め過ぎずにいられるようなあり方が、あなたのこれからの生活の中に見つかっていけばいいのかなと思ったのでした。苦しいときや、なにか言葉にしてみたいときは、また気軽に書きにきてもらえたらうれしいです。投稿してくれてありがとうございました。

一覧へ戻る