経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

踏み外した人生

私は去年の今頃浪人することを決めました。当時は偏差値の高い高校で2位をキープし、確実に旧帝大に合格するために毎日努力していました。先生からは優等生として優遇され周りからは頭が良いと常に褒められて生きてきました。そんな私ですからプライドも一緒に育っていきました。指定校推薦で進学なんて信じられない。地方国立には行きたくない。私立は負け組だ。ここまで言っていたら泣いても私立大学には行けません。秋までは順調に点数も伸び、B判定まで上がっていました。しかし、その後冬はほとんど勉強しませんでした。もう疲れた、ストレスだ、やりたくない、やらなくても受かる、余裕だ、こんな蔑んだ言葉が私の合否に直接打撃しました。共通テストでは150点近く落ち、行きたい大学にも行けず、合格可能性が90パーセントの大学も落ち、全落ちしました。今から出せる所謂Fラン大学に入学します。先生や友達になんていえばいいですか?そんな私は周りとは縁を切らざるを得ません。自分でも将来に絶望し、ここにしか行けない自分が嫌でしょうがないです。こんな自分と早く別れたいとも思っています。前みたいに頑張れず、自信もない自分に落胆しています。学歴もそうですが容姿や健康もすっかり変わってしまいました。現在20キロ近く増え、目から血がでる結膜下出血、うつ病、月経不順を患っています。自分の行動1つで普通の人と同じ道を踏み外し、全てを失ってしまった私には将来絶望しか残りませんでした。友達も学歴もない私は生きるのが常に辛いです。しかし死ぬ勇気もありません。いっその事病気で今すぐ死んでしまいたいです。普通の人に戻りたいです。

感想1

1年前に浪人という決断をして、1年間は大学進学のために全力を尽くそうとする覚悟があったからこそ今の現実は大きな落胆や絶望でしかないと感じるのかもしれません。ただ、当事者ではない私が少し距離を置いてみると、無理をしすぎるとどこかでエネルギーが切れてしまい、もともと持っているパフォーマンスが発揮できないこともあるだろうとか、確かにどこの大学に行くかというのは世の中では重要視されているように感じるけれど、実際にはそうでもないとか、受験に失敗したからと言って全て失うことはない…などと思います。きっと、そういうことも理屈では分かったうえで、あなた自身の心はとても落胆しているし、全てを失ってしまった気持ちになっているのだろうと私は感じました。それだけ、心身ともに追い詰められ、緊張や不安の中で1年間を過ごしてきたのだろうと改めて思います。本当にお疲れ様でした。私は土地柄なのか、学歴をあまり意識せずに暮らしてきました。仕事や活動の関係で、偏差値や学歴の高い人にも会うことがありますし、逆に偏差値や学歴では評価されないような経歴や能力の人たちとも出会います。多様な人たちに会う中で、偏差値や学歴の高さがその人の人生や価値を決めるものではないということは自信を持って言えます。だからこそ、まだまだいろいろな経験がこれからできるあなたがこんなにも偏差値や学歴によってダメージを受けることを目の当たりにして、先行く先輩としては少し申し訳ない気持ちになりました。子どもや若い人たちが多様な経験をして、多様な価値や意味を見つけていくことの選択肢を大人が奪っているのだろうと思うからです。でも、こうしてあなたから率直な気持ちを届けてくれたことで、今の世の中について考えるきっかけになりました。また、出したい気持ちがあればいつでも率直に書いてもらえたらと思います。

感想2

読んでいて学歴ってなんなんだろう…………としばらく考え込んでしまいました。きっとあなたは学歴を重視する価値観のそこそこ強い環境で育ち、またその中で褒められた経験も、あなたの中の「学力」や「学歴」への価値観を深めてきたのかなと思いました。逆にいうと「学力」という理由ありきの肯定が強く、それなしには保てないような状況があったのかなと思います。でもそれって、そのルートに乗れていたとしてもすごく苦しいんじゃないかと思います。苦しいからこそ「これしかない」とより強化する無限ループもあるのかもしれません。

学校教育の中で「勉強」と呼ばれるものは、数ある「学び」のやり方や知識のごく一部でしかないと思います。また同じ日本の中でも、学校教育への意識や価値観はかなり違いそうです。私自身は学校の勉強の出来不出来がものを言う要素の強い地域で育ち、振り返ればその中で学力にとらわれながら死にたくなっていたのですが、大人になってから、あまり学校の選択の余地のない地域に引っ越した時、子どもも大人も学力にも偏差値にもあまり興味がなさそうでびっくりしたことがあります。翻って考えて、そんな局所的なものに私は人生を左右されていたんだ……と衝撃だったのでした。(ちなみに私は高校までの偏差値重視の価値観の中で頑張れなくなり、「偏差値的な価値観が及ばなそう」という理由で専門分野の学校に進学しました。そこで、これまでの学校とはまったく別の価値観が無数に見えてきて、すごくほっとしたことを覚えています。)
あなたは「踏み外した」と書いていましたが、学歴だけを大事にする道は、そもそも意外としょうもない部分もあるように思います。というか、どんな道もしょうもなさもあれば、面白いところや、それなりの価値もある気がします。そんなにすぐに切り替えられるものでもないと思いますが、それがすべてでは全然全然ないよと、言いたくなってしまったのでした。あなたの率直な思いを経験談にして送ってくれてありがとうございました。

一覧へ戻る