経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

自分の意思でコンビニに行けなかった私が、会社を辞めるまで

私は20代の男性で、IT業界で働く会社員です。
来月、退職します。

次の就職先は決まっておらず、不安は大きいです。
それでも、自分の意志で決断できたことに、どこか清々しさも感じています。

過去の私は、「会社を辞める」という選択を、自分の意志ではできなかったと思います。

この投稿では、自信のなかった私が、どのような経過をたどって、自分の将来を選べるようになったのかを書かせてください。

■否定的な教育
話は小学生時代にさかのぼります。
私が自信を持てなかった一つ目の理由は、否定的な教育環境でした。

父は「男らしさ」を大切にする人でした。
私の名前は、父の好きな熱血少年漫画の主人公から取られています。それほど“男らしさ”を重視していました。

私が失敗をすると、怒鳴られ、ゲンコツが飛んできました。

誤って父の足を踏んでしまったとき。
買ってもらった飴をコンビニに忘れてしまったとき。

私は泣きながら頭を押さえましたが、それが父をさらに苛立たせたのか、手で覆えていない部分を探して叩かれることもありました。

今でも、大人の男性が怒ると体がこわばります。
これが、私が自信を持てない理由の一つです。

母は勉強熱心な人でした。

テストの点が悪いと、
「ゲームばかりやっているからじゃないの」
「将来ろくな大人になれないね」
と嫌味を言われました。

暴力はありませんでしたが、母には別の怖さがありました。

忘れ物を繰り返したり、ルールを破ったりすると、
正座させられ、30分ほど無言で睨みつけられます。

その沈黙が、何よりもつらかったのを覚えています。

■身体的な劣等感
二つ目の理由は、身体的な劣等感です。

私は早生まれでやせ型でした。
友人より体が小さく、競争では負けることが多かったです。

体育も、勉強も、どこか遅れている感覚がありました。

父の意向で通っていた空手教室でも、私はいつも殴られる側でした。
体の大きい子に負け、時には女の子にも負けました。

「男らしさ」を重んじる父は、それを許しませんでした。

私は「勝てない自分」「弱い自分」という感覚を、少しずつ内側に積み重ねていきました。

■意思を持つことが恥ずかしい
中学生になる頃には、私はすでに自信のない人間でした。

やせ型で猫背。
人と目を合わせられず、競争では負けるのが当たり前。

そして何より、
「自分の意思を出すことができない」状態になっていました。

「欲しい」「やってみたい」と思うこと自体が、どこか恥ずかしかったのです。

例えば、
誰かに頼まれればコンビニには行けます。
でも、自分が何かを欲しいと思って行くことができませんでした。

“欲しがっている自分”を見られるのが、怖かったのだと思います。

■生きづらさのピーク
中学生時代が、生きづらさのピークでした。

定期テストで良い点を取るためだけに生き、
それ以外では何も欲しがらない。

「死にたい」と強く思ったわけではありません。
でも、「何のために生きているのだろう」と何度も考えていました。

ただ勉強して、怒られないようにしているだけの毎日。
それは、生きているのか、ただ時間が過ぎているだけなのか、わからなくなる日々でした。

■変わりたいと思った大学時代
大学生になった頃、私はようやく思いました。

「このままでは嫌だ」と。

それまでは、
親が悪い、環境が悪い、誰も助けてくれない
そう考えてばかりいました。

でも、文句を言っているだけでは何も変わらないことも、同時にわかっていました。

私は幸せになりたいと思っていました。

■小さなトレーニング
まず始めたのは、とても小さなことでした。

自分の意思で自動販売機に行くこと。

いきなりコンビニは怖かったので、まずは自販機。
最初は「誰かに見られているのではないか」と落ち着きませんでした。

でも、何度も繰り返すうちに慣れました。

やがてコンビニにも、自分の意思で行けるようになりました。

普通の人にとっては些細なことでも、
私にとっては大きな一歩でした。

その後も、

・自分の意思で絵を描く
・自分の意思で楽器を弾く
・自分の意思で粘土細工を作る
・自分の意思で一人旅をする

成果は小さくても、「自分で選んで行動する感覚」を少しずつ積み上げました。

■そして退職へ
就職して3年。

安定はあります。
でも、私の一日は「早く終わってほしい」と願う時間になっていました。

このまま続ければ、収入は安定するでしょう。
けれど、会社の意志で生きる感覚が強くなっていく。

私は来月、退職します。

次の仕事は決まっていません。
両親も離婚し、帰る場所もありません。

それでも絶望はしていません。

私は初めて、自分の人生の舵を自分で握っています。

■伝えたいこと
苦しかった出来事が、すぐに意味を持つわけではありません。

でも、その経験が、
「自分で選ぶ力」を育てるきっかけになることもあるのだと思います。

もし今、生きづらさの中にいる人がいるなら、
大きな決断でなくていい。

自販機に行くことでもいい。
小さな「自分で選ぶ」を積み重ねることが、
いつか自分を支える力になるかもしれません。

この体験が、誰かの気休めになればうれしいです。

感想1

読ませていただきました。タイトルだけではぼんやりとした輪郭だったのですが、文章を読んでいるうちにはっきりとした輪郭となって、あなたが退職を決意・行動するということがどれだけすごいことか伝わってきました。

否定的な教育環境のところは、読んでいる身としてもとても苦しい気持ちにもなりました。父や母の思う「らしさ」や「正しさ」を押しつけられること、すなわちそれは 「子供の思う、面白いことや興味関心」を持つこと自体を奪われることでもあるように思います。それから、「暴力や嫌味」は教育を逸脱していると思えますし、恐怖や暴力による支配のようなものを感じました。

身体的な理由で競争や空手教室で負けることが多かったと書かれていましたが、ここにあなたの「悔しさ」のような感情が見られないことも気になりました。もしかしたら「父が許さない」その恐怖が第一にあなたの中にあったのかもしれません。怒られないようにするために、自分のできることを着実に伸ばす成果を出す、それがあなたの勉強することにつながったのかなと想像していますが、それも自分の意思とは乖離しており、背景には「怒られないため」という消極的な理由だったようにも思えます。

コンビニへも自分の意思で行くことができなかったあなたが、自分の意思で行動することを獲得するために、自動販売機に行くこと、小さなトレーニングからはじめられたことをこうして言語化して共有してくださることはとても大きな意味があるように思います。「自分にできそうなことから始める」ことの大切さを噛み締めたい気持ちです。

自動販売機、コンビニ、絵を描く、楽器を弾く・・自分の意思と行動に「自分自身で肯定する」ことがあったのかどうかも気になりました。また、それはあなた個人で研究されたものなのか、支えとなった他者の存在はあったのか・・あなたの中でどのように「自他の評価」が変遷していったのかももっと詳しく聞いてみたくなりました。

人の評価に左右されず、自己表現できた時が私は一番元気が出るなあ、と思うのですがあなたはどうでしょうか。会社を辞めるということも表現のひとつですし、あなたの感じている清々しさというのにも精通しているものがあるようにも思います。自分の人生の舵を自分で握ることの自由と責任を存分に楽しんでほしい、あなたならきっと大丈夫と思えます。

自分の意思を持つことも難しく、選択肢も見えなくさせられているような、あまりにも複雑な社会ではありますが『「自分で選ぶ」を積み重ねることが、いつか自分を支える力になるかもしれない』と、控えめにも優しさを感じる表現されたあなたの言葉が、雨粒の波紋ように広がって、私たちの社会の中に根をおろしていてほしいとも願います。

感想2

経験談の投稿ありがとうございます。文章を読みながら、一見外からは“自分で決断して前に進んだ話”のように見えてしまうかもしれないですが、その土台には長く積み重なってきた緊張や抑圧の時間が積み重なっているように私は感じました。退職という出来事自体よりも、「自分の意志で選べた」という感覚が強く表現されているのは、それだけこれまで“選ぶこと”が難しかったからなのだと思いました。
幼少期の頃に身体で覚えてしまった恐怖がそのまま残っているような感覚というのか、怒鳴り声や暴力、あるいは沈黙の圧力の中で過ごすと、“何かを間違えると罰が来る”という感覚が先に立ってしまうものだと思います。そうなると、何かを望むことや、意思を持つこと自体が危険に近いものになっていくのだろうと私もあなたと全く同じとは言えませんが、幼少期似たような経験を重ねてきたので、そう感じます。「欲しい」と思うことすら恥ずかしい、という感覚は、遠慮ではなく、長い時間をかけて身についた防衛の形だったのではないかなと…。そこに身体的な劣等感が重なり、「弱い自分」という認識が内側に積み上がっていく過程も、自然な流れのように私は感じます。勝てないことや遅れていることを責められる環境では、努力の前に自己否定が根付いてしまうもので、特に「男らしさ」という価値観が強く押し出される中で、それに合わない自分をどう扱えばいいのか分からなくなる感覚は、社会の中でも見過ごされがちな部分かもしれないな…と改めて考えさせられました。
中学生の頃の「何のために生きているのだろう」という感覚も、日常そのものが空白のように感じられる状態だったのではないでしょうか。怒られないように過ごすことが中心になると、“自分がどうしたいか”という問いは後回しにされていって、その積み重ねが、やがて生きている実感の薄さにつながっていくのかもしれないなとも思います。
大学に入ってから色々変化が訪れたようですが、それが劇的な転機というよりも、自販機に行く、コンビニに入るなど“何かを自分の意思で選ぶ”その一つひとつが外から見れば些細なことでも、「自分で決める」という感覚を取り戻していく過程としてあなたの中で確かなものとして実感を掴めたものだったのではないかと思いました。
そして今、退職という選択に至ったことも、成功や前向きといった言葉だけで片づけられるものではなく、“会社の意志で生きている感覚”への違和感が積み重なった結果なのだと私は感じました。安定と引き換えに、自分の感覚がまた薄れていくような不安…その中で、不確実さを引き受けてでも離れることを選んだというところに、あなたなりの変化が現れているように思い、勝手ながら応援したい気持ちになっています。
自分の話になってしまい申し訳ないですが、私自身もまだまだ“自分で選択する”ということは苦手であらゆる場面で生きづらさを感じていて、でも「小さな積み重ね」って決して無意味ではないのだとあなたの経験談を通して感じることができたとお伝えしたいです。
また何か伝えたい気持ちになった時や、必要に感じられた時はいつでもこちらに声を届けてください。

一覧へ戻る