経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

モヤモヤがグルグル

同居してる母との関係性に悩んでいます。彼女に怒られたり嫌味を言われたり否定されたりすると、自分のことを傷つけたいと思うようになりました。彼女は半分冗談で言っているところもあると思います。でも自分は、昔から冗談をそのまま受け止めがちな癖があるので、もろに食らってしまいます。そして自分を傷つけたくなるのです。

でも、まだ傷つけたことはないです。死にたいとも思っていません。傷つけないのは、傷つけるとバレるからです。バレる方がめんどくさくなる、と知っているからです。ただ最近、傷つけることを具体的にイメージする頻度が増えました。以前は、「まあ、そういう年齢なのかな」とか思っていましたが、さすがに最近は嫌だなと感じています。

バレるといえば…。母にバレるから〇〇をやらない。バレなさそうだから△△をやる。バレたとしても怒られなさそうだから✕✕をやる。自分の行動基準が、母からの評価に依存している部分があることに気づき、ひどく考え込むときがあります。いわゆる「自分がない」というやつです。
学童のバイトをやってみたいと言ったら、「そんな変なの、やめなさい」と否定され結局チャレンジしなかったし、友だちとドライブに行くと言ったら、ひどく悪口を言われ「どこに行くと言ったら母が許してくれるだろうか」と考えてしまう。そういう傷が蓄積しつつある。以前は母が正しいと思っていたから、同じように否定されても、そんなに気にならなかったのに。

母と物理的に距離を取るという選択肢もあるのは頭では分かっています。ですが、母は弱い存在(父と不仲で別居中だったり経済的に脆弱だったり頼れる人が少なかったり)だから、自分が守らなければ、とも感じてしまいます。母が幸せにならないと、自分は幸せになってはいけない。自分の方がいろんな面で恵まれてきたんだ。そういう考えが浮かんできてしまう。どこか彼女と離れてはいけない気がする。これを共依存と言うのでしょうか。こういう葛藤というか、自己が引き裂かれるというか、そういう感覚も含めて、自分を傷つけたいという考えにつながっている気がします。しかし、はっきりとした理由はやっぱり分かりません。

カウンセリングとかにも頼らねば、と思っていますが、日々忙しいとか言い訳して、足が遠のいています。もっと苦しい人がいるはず、みたいな言い訳もしてしまいます。傷つけることを考えること以外は、ほぼほぼ健康です。生活習慣も乱れてないし、学習意欲も落ちてません。ご飯も十分食べているし、必要な時間寝られてもいます。楽しいと感じるものもまだ減っていません。友だちとの関係も良好です(さすがにこんな悩みは打ち明けられないですが…)。比較的元気なときから相談機関につながったほうがいいはずなのに、あまりに健康だから足踏みしてしまいます。

モヤモヤはグルグルしますが、強いモヤモヤが数十分で過ぎ去る感覚、それを耐え忍べば大丈夫になります。死なないでほしいって人には言えるのに、なんか自分に厳しいのかもしれないですね。

親との関係性について悩んでいるんだ、と大切な友だちに打ち明けたら、その人は悩みに丁寧に応えてくれました。その日は傷つけたいと思っても、「いや大丈夫」と思えました。だから、このサイトにも投稿してみようと決めました。その子には感謝してます。もっと仲良くなりたいし、(頻繁には会えない)その子と次に会うまでには、もう少し晴れやかな気持ちになれていたらいいな。そんなことを妄想しています。

直近で考えなければならないことは、社会人になっても母との同居を続けるかどうか、についてです。難しい問題ですが、時間や経済力が選択肢を増やすこともあるのでしょうか。あまり焦らずに考えていけたら、うれしいです。

ここまでお読みいただきありがとうございました。率直な感想のほど、よろしくお願いします。

感想1

あなたのいろいろな心情を、何度も丁寧に振り返ることによって綴られた経験談なのだろうなと感じています。私個人としては、あなたがモヤモヤするのはうなずけるなと感じます。でも、グルグルと堂々巡りをしている感じはあまりしませんでした。自身の心境の変化や気持ちを言葉にしたり、それを大切な友だちに打ち明けたり、打ち明けた時の感覚を基にここにも投稿をしたり。客観的に見ても、あなたは少しずつ段階を踏むことができているんじゃないかと、私は思いました。
あと、仮にあなたが自分を傷つけたとしても、それはあなたの内にある何かが表に出てきたということであり、私としては心配にはなっても否定する気にはなりません。それは覚えておいて欲しいなと率直に思った次第です。

直近で考えることについてですが、社会人になることであなたは今まで以上に幅広い人々と関わることになるのかなと思います。いろいろな価値観に触れることがあなたにどのように作用するかはなんとも言えませんが、いずれにしても心がたくさん動くと私はイメージしました。そのため、環境を変えすぎないという意味では同居を続けるのも選択肢の一つだと思いますし(ちなみに私は、新生活が落ち着いたら家を出るという選択をしました)、母親と過ごすことで食らってしまうというリスクを避けるという意味ではひとり暮らしもしくは母親以外の人との暮らしを開始してもいいのかもしれない、などと私なりに考えています。それにあなたも書いているとおり、他の要素が選択肢を増やすこともあると私も思います。
一つ言えるのは、どんな選択をしたとしても、あなたの選択の中心にはあなたがいるということです。決められるのは他でもないあなただから、自分が今どうしたいかって気持ちをより尊重できるようになるといいのかもしれない、私はそんなふうに思いました。自分を傷つけたくなる気持ちと向き合うことや、選択することに疲れてしまうこともあるかもしれませんが、そんなときのために、この場所の存在を頭のどこかに置いておいてもらえたらと思います。投稿ありがとうございました。

感想2

ご自身の状況をあっちから見たりこっちから見たり、まさにモヤモヤがグルグルしている様子が率直な書きぶりで伝わってきて、一人の友人のような気持ちで「わかるよ、わかる」と言葉に出したくなる自分がいました。身近な人の評価は、聞き流しているようでしっかりと自分の心に突き刺さっている、そんな経験が自分自身にもあり余計に共感する思いでした。親や先生など子どもにとって身近な大人は、事実や信念を元に怒ったり注意したり指導していることばかりでしょうか。自分にとって意味を持たない、怒られや嫌味、否定もたくさんあったりすることは世の中の悲しい事実である気がしています。それはあなたが書いている、傷の正体のようにも思います。子どもがどこに行っても許せない、何をしても正解じゃない。時として親に理由や理屈は必要なく、育てる育てられているということで気を抜くと知らぬ間に支配関係になりやすいそんなふうにも思います。家族を思いっきり憎んだり、嫌いになったり突き放したりできればいいのですが、そう簡単にはできないことも事実です。人も千差万別であるように、その数だけ家族の形はあるように思います。健康だから足踏みしているとのことですが、誰かに話をしたり誰かから話を聞いたりすることは、ある程度エネルギーが必要です。あなたが書いているように、カウンセラーやソーシャルワーカー、就職相談員など他人に自分のことを話してみるのもいいかもしれません。一人でグルグルと考えている時は、両手で顔をふさぎ自分の手のひらの指紋ばかり目に入ります。他人を通じて自分の手の形や大きさを、確認してみることも方法かもしれません。投稿いただき、ありがとうございました。

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