経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
私はどこにでもいる学生の1人です。
私が学校生活で経験した、「優しいだけではだめ」を話します。
思ってることをそのまま書くため、日本語多少変ですが、ご了承ください。
小さい時〜今現在まで、私はたくさんの人に「優しいね」そんな言葉をかけられて育った。だから、「優しくないとダメなんだ」「優しくすることこそが1番なんだ」そう思うようになった。
だが、それは小学生、中学生で打ち砕かれた。
小学生では、ロッカーを登っていた男子同級生に「危ないよ」と言ったら泣かれた。「○○(私)に怒鳴られた」そう言われた。だから私は怒らないように過ごしてた。けどそれがあだとなり、虐められた。行けなくなった。幸い親が対応してくれて少しづつ行けるようになった。けど虐めは2年間続いた。だから、「優しいけど優しすぎるとダメ」そう感じるようになった。
中学生では、心機一転、小学生の頃を忘れて 優しい 明るい それだけで過ごしていた。だが、徐々に友達は減って行った。「優しすぎて怖い」「本心で接してる?」そんな声が聞こえてきた。私は至って普通に接していたのに…
その頃から、
「優しいだけじゃ、ダメ。」
小学生の時みたいに、そう思うようになってしまった。
そうなると、どう友達と接するのがいいのか分からなくなった。というより、怖かった。相手にどう思われているか分からなくて。
だから話しすぎないようにした。そして、前に出ず、後ろで陰ながらみんなを支えた。それなのに、辛辣な声が聞こえてきた。辛かった。もう、どうするのが正解なのかも分からなくなった。
だから今、学生をやってるけど、あまり人と話したくないし、会いたくもない。学校に行きたくなくても親が怒る。昔の親は何処へ…
優しいだけでは、人は生きていけない。そう思った。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
日本語のおかしな所、不自然な文のつながりはスルーお願いします🙇♀️
感想2
「優しい」ってなんだろうということを考えながら読みました。私も人生の中で「優しい」と言われたことがありますが、実は私は「優しい」と評されることがあんまり好きではありません。「なにをみてこの人は私を『優しい』と言ったのだろう?」と考えてしまいます。(なぜかというと、「優しい」というのは多分性格とか性質だと思うのですが、それが大体、行動や言葉などから推定されてしまうからで、勝手に決めつけられたような気持ちになるのだと思います。(ひねくれた人間の話ですみません……。相手との関係性や、それが言われたシチュエーションにもよるのですが。)
あなたの経験談を読んで、あなたが考えている「優しい」はかなり多岐にわたる概念だと感じました。「相手のために指摘する」「相手が嫌な思いをしないように気を付ける」あるいは、「話しすぎないように 」する、「前に出ず、後ろで陰ながらみんなを支え」ることとか。これは「優しい」という基準だけではくくれない、さまざまな行動規範が混ざり合っている感じがしました。
それで感じたのは、あなたは、周囲の人を観察して、その時々で相手に嫌がられたことやよくない反応を受けたと感じたことを一つ一つ記憶した「やるべきリスト」「やるべきじゃないリスト」を頭の中に持っていて、それを元に自分がどう振る舞うべきかを決めてきたのかな?ということです。そのリストに沿っていることを「優しい」と考えて実践してきたけれど、それでは対応しきれないことが増えてきてしまったからこそ、「『優しい』だけじゃ、ダメ。」というタイトルにつながるのかなぁと思いました。(違ったらすみません。)
コミュニケーションに正解はないとかよくいうけれど、それならどうしたら?という感じもしてしまいます。でも実際のところ、人はひとりひとり別の感覚と考え方を持っているから、おおまかに「こういうことはしないほうがいいことが多い」くらいの傾向は導けても、正解を見つけるのは結構むずかしいと思います。例えば、「優しい」と相手に伝えた時にシンプルに嬉しいと感じる人もきっといるだろうし、「優しくあらねば」とプレッシャーに感じる人もいるかもしれないし、私みたいに「なんでそう思うの?」と考えるひねくれものがいることからもわかるように、人がなにを感じて考えるかは多様なんだと思います。
学校に行っても行かなくても私はいいと思うのですが(私自身も学生時代に不登校だったことがあります)、親に怒られてしまったら行かないのも難しくなってしまいますね。「あまり人と話したくないし、会いたくもない。」という中で、経験談を送ってくれたのは、文字ベースのものだから負担がすくなかったからなのかなぁ?と思いました。
経験談では学校の同級生たちにとって、あなたがどんなコミュニケーションをとるべきかということがたくさん書いてあった気がするのですが、あなたにとってどんなコミュニケーションがいいのか、どんな生活が楽で、どんなことがあるとしんどいのかということも、よかったらもうすこし聞いてみたいなと思いました。経験談の投稿ありがとうございました。
感想1
様々に揺れ動く(他者や環境によっても揺れ動かされる)心情が、文章に乗って私には伝わってくる感覚がありました。
振り返ると私も幼い頃、『優しいね』と声をかけてもらうことが多かったように思います。なので、「優しくないとダメなんだ…」など、あなたがそう考えることに対して、私もそうだったなぁ…と、勝手にですが共感しているところです。なんとなくですが、褒められたこと=”良い”となり、優しいと褒められ続けたら、きっと無意識にまた『優しいね』を求めてしまい、そしてその逆のことをすると怒られたり…そのようにしてじわじわと自分の中の何かの『基準』みたいなものが形成されていくように、私の場合は感じています。
何が正しいのか、自分はどうしたら(どう居たら)良いのか、あなた自身もわからず、いじめもあり、とても苦しい期間が長く続いたことを想像しました。優しさや明るさにも、人それぞれの感覚があるのだと私は思います。でもあなたは、
"どんな形でも『優しい』でいなければ"という、自分に対して無意識のうちに厳しいルールを定めていたんじゃないだろうかと、勝手ながらそう感じたのと、もしかしたらあなた自身も、それを気付いた瞬間があったのではないかな…とも思いました。でもそのルールさえも、他者があなたへ一方的に投げかけた言葉たちの影響が潜んでいるんじゃないかと思いました。自分には褒め言葉のように思えても、もしかしたらなにかしらの形で相手を苦しませている(苦しませていく)のかもしれない……と、あなたの経験談から改めて考えさせてもらいました。
普通に接して自分らしくいたところで拒絶されてしまうと、
"周りから求められる自分の"『正解の行動・言動』を探して悩んでしまう気がします。
本来ならばきっと周りから求められるものなんて無視していいはずなのに、中々そうさせてくれない日々の生活環境だよなぁと感じている私がいます…。
またあなたの考えや気持ちを聞いてみたいと思ったので、もしよかったらいつでも死にトリを利用してみてください。投稿ありがとうございます。