のびアート

万華鏡を回した時のように、煌びやかで、でもどこか鬱陶しいほど眩しく混沌とした世界。
その中を落ちていく日々。
何を頼りに、何に縋ったら良いかわからず、じたばたと手足を大きく動かす私。
底が見えなくて、ただ恐ろしく、がむしゃらに掴めそうな何かを探す。

底がない、
それがこんなにも恐ろしいのか。

幾何学的な模様が何を意味するか理解できない。理解できないことも、こんなにも恐ろしいのか。

恐ろしさのあまり、
夏休みの工作で万華鏡を作ったあの頃、一番恐ろしかったはずの「死」という終着点に、希望を見出すようになった。終着点に縋ることで底なしの空間に、死という底を用意できたようで。

死を乞う私は、自分を恐怖と絶望から守るために生まれてきたのだ。
でも、もし、幾何学的な模様の意味を教えてもらえたら、荷物を一緒に抱えてくれる人と出逢い、共にゆっくり下降できたら、そんな他力があれば、他力を信じる力があれば、
混沌とした世界が少し整理され、
安全に底に辿り着けるのではないか。

最期は皆底に辿り着く。その道中が各々であるだけであって。
どうせなら、この煌びやかで鬱陶しい世界を
ちょっとは満喫してから、
“そこ”に辿り着きたいよね。

万華鏡

感想1

工作でつくった「あの頃」とは、万華鏡への感覚も、この世界への認識もがらっと変わってしまった、なにか崩れてしまったような感覚の中で、一方では作者さんの美意識もじんわりと感じた。美しくても、意味のわからないものは怖い感じがすることがある。わからないと、立ちすくんでしまうことがある。語り手はそんな日々の手触りを万華鏡にたくして書いたのもしれない。「安全」な整理について書かれた「でも、もし、」以降の後半は、それ自体が整理されて書かれているような感じがした。「私」は重たい荷物に目を回しているところなのかもしれない。この先の道中でだれかと関わりながら、ルートも終着点もまた変化し巡っていくのかもしれない。

感想2

万華鏡に例えていた表現に、なんだかしっくりきた感覚が私の中であり、すこし発見をもらったような気持ちになりました。万華鏡の中を落ちていくシーンを想像してみて、無数の光の中に暗い部分もあって、思わずどこかに手を伸ばしてしまいそうだなと感じました。理解できない事の恐ろしさ・不安さがとても大きい事も作品から感じましたし、「死を乞う私」が切に求めているもの、自分にとって必要なのではと推測するものがあることも考え、そこにたどり着くまでにも長い道のりがあったんじゃないだろうかと思いました。読みおわってから一度、無性に万華鏡を覗いてみたくなった自分がいます。「今この瞬間」”私にはどう見えるのだろうか”と、確認したくなったのかもしれません。

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