経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

あ、もう受験出来ないんだ

私は現在高校3年生です。無事共通テストを終えて「さあ次は2次試験だ!」と意気込んでいた矢先、出願ができていないことに気づきました。もちろん出願期間は知っていました。学校からも何度も言われました。しかし勉強やら不安やらで何もかも忘れていました。ただただ今は自分が受けることのない大学の出願状況を見てるいるだけです。本当なら「ああ、今年は2倍か、去年よりも上がったのか。」と言うことができたはずなのに。今はそんなこと言ってる場合じゃないんです。親にも学校にもどう話していいのかわかりません。受けた結果落ちたのなら分かります。ただ受けることができないのは話になりません。自分で自分に失望しました。何のために勉強してきたんだろう。何のために進学校入ったんだろうって。いっそのこと死んだほうが自分の名誉も守れるだろうなんて思いましたが、そんなの周りが許すわけがありません。これから自分はどうするべきなのかよく考えます。皆さんはくれぐれもこのようなことが起きないように。皆さんの努力が正しい形で実りますように。

感想1

どれほどのしんどさと自責の念の渦中にいらっしゃったのかと、私なりに想像しながら読んでいました。
ここに書きに来てくださった日から少しお日にちが経ちましたが、今、あなたはどんなお気持ちで日々を過ごしていらっしゃるのかな…と、一人考えています。

私の気持ちにはなってしまうのですが、人は緊張や不安の中にいると、どんなに大事なことでも頭からすっぽりと抜け落ちてしまうことがあるように思っています。だからこそ、私は今回の出来事を、あなたの心のキャパシティがいっぱいいっぱいになっていたという、一つの「心の限界のサイン」だったのではないか…と、そんな風に受け取っていました。(私の勝手な想像に過ぎないのですけれどね…)

今は、これからのことを考えるのも苦しいほどの状況が続いているのではないか…と私は感じています。これからどうしていくべきか、思い浮かぶグルグルな気持ちも含めて、よければ一緒に考えられたらな…という思いになっていました。また、ここにどんな気持ちでも書きに来てくださったらと思っています。経験談の投稿ありがとうございました。

感想2

受験生だったころの当時の自分や、その頃感じていた不安やプレッシャーなどを思い返しながら読んでいました。

「受験」という人生の中でもわりと大きなイベントに対して、大学、高校、下手したら中学のころから「いつ終わるかわからない、この勉学に心血を注ぐ時間はいったいいつまで続くんだろう…?」というような疑問に(私含め)多くの人が向き合ってきたように思いますが、それは時間や体力はもちろん、ときにはメンタルやその他自分にとっての大切なものまで犠牲にすることもあるのかなと思えます。

学びたいことや興味のある分野、進みたい道があり、そこに向かって勉強したり、謂わばそこに飛び込むために「自分の中での地ならしをすませておく」、それ自体は真剣な気持ちに基づいたものであるでしょうし嘘のない行いに思えます。

その一方で、純粋な自分の興味や関心、意欲で志す以外に、後々の自分の進路や仕事、もっと言えば生き方とも言える壮大な存在をどこか背負わされながら、受験やそのために励む勉強に向き合わされているようにも私個人としては感じています。

積み重ねてきた勉強や無事共通テストを終えたこと、次の試験を控え意気込んでいたことには、紛れもなくあなたの意思や行動が反映されたものだと想像しています。ですが、「勉強やら不安やらで何もかも忘れていた」という気持ちの中には、(もちろん余裕がない中で起こったミスということもあると思うのですが)もしかしたら決断して進んだ道だけど、何かしらの迷いや葛藤もあったのかなと勝手ながらに考えてしまった私がいます(違っていたらすみません。。。)。

文末に自分以外の誰かへの思いが綴られていることや、「これから自分はどうするべきなのかよく考えます」と書かれている言葉が印象的でしたが、勉強や不安に駆り立てられる中で絶対とする機会を不意にしてしまわないことという意味はもちろんですが、もしかしたら犠牲にしたり失った時間の中で、あなたが「本当の意味で自分のために自分のことを考える時間を失わないでほしい」、そんな思いを自他に投げかけているようにも私の目には映りました。

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