経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

ココロノオト

昔から、空気を読んで過ごしていた。空気を読んで行動しないと、みんなから私の価値が無くなると思っているから。私には姉と妹がいる。つまり、真ん中っ子。姉は、両親を独り占め出来ている時があった。初めての子供で手厚く育てられた。妹は、両親達が産める最後の子供。1番注目を浴び、可愛がられ、育てられた。 真ん中はどうだろう?。1度でも両親を独り占めできたか。可愛がられて育てられたか。姉は「そうだろう」と答え、妹は「1番可愛がられてるじゃん」と答える。 だが本当の答えは「いいように使われる駒」だ。姉にこき使われ、妹の我儘を聞き、両親の愚痴を聞き、家族を笑顔にさせないといけない。透明の威圧を抱えて、みんなのピエロになる。家族はいつもピリピリしていた。それを私が治していた。家族のひび割れを治す度、私の心はだんだん重くなっていく。
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中学生、2年生。
もうすぐ3年生。受験、友人、色々悩むことがある。その時期。私は心の重さが限界になっていった。いつの間にか、いつも通りに振る舞うことは出来なかった。しんどかった。そのせいで、学校を何度も休んだ。両親から「学校で何かあったの?」と言われた。ふざけんじゃないよ。全部家族の周りにヒビが入ったから、それを治さないと空気がピリピリしてみんな辛そうだった。私がヒビを治した。みんな傷つかないと思った。だから私一人だけで背負えばいいと思った。なのに、なのによく、のうのうと私に心配をかけてきやがって。遅いよ。手遅れだよ。私は、私の心は壊れたんだ。もう何も治せない。

今ここまで読んでくれた君。ここまで見てくれてありがとう。この子みたいに、君がこれ以上傷つかないように、世界のどこかで見守っています。またどこかで。お疲れ様です。

この、゛誰かの心のノート ゛はここで絶えている。

感想1

家族の調整役にならざるをえず、ずっと我慢して自分を押し殺してきた14歳の子の心中を想像しました。常に家族の様子を窺い、家族のメンバーそれぞれをケアし続ける、その気苦労は計り知れないものと思います。家庭はこの子にとっては安心できない場所で、家に帰っても休むどころか、さらに身をすり減らす日々だったろうし、進級と受験によって拍車がかかり、いよいよ限界に達してしまったことは想像に難くありませんでした。
この子が今まで家族仲を維持するための犠牲となってきたことに、当の家族たちは気づきもせず、不調の原因が当然家の外にあるとされれば、怒りや失望が湧いてきてもおかしくないと思いました。

私自身も主に両親の機嫌を窺い、情緒的なケアをしてきました。そうせねば家庭の雰囲気が最悪になり、私の身も危うくなるからでした。しかし、日々家の様子に気を遣っていたことが、心を壊した一因であったと今では分析しています。家庭が何を犠牲にして成り立っていたのか気づいてほしかったし、できればその苦労をねぎらってほしかったなあという気持ちが捨てきれず、今でも少し残っています。
この子の場合、自分より大切にされ可愛がられていると感じる姉妹に挟まれ、毎日その待遇の差を意識させられる状況に置かれているため、その不公平感は堪えがたいものだろうと感じました。
この子が調整役から降りられて、家の中でリラックスして過ごせる日がきたらいいなと願わずにいられません。この心のノート、もし記述が増えることがあったらぜひ教えてほしいなと思います。

感想2

経験談への投稿ありがとうございます。
「ココロノオト」と「心のノート」が繋がっている・・!と静かに感動しながら、誰かの日記を読ませてもらったような余韻が残りました。「この子」は誰かでありながら、あなたでもあるのか・・いろいろと想像を巡らせました。もしそうだとするならば、客体としての自分を描くことには、どんな意味合いが込められているのだろうかとも考えました。

「空気を読んで行動しないと、みんなから私の価値がなくなると思っているから」の一文には、幼い子どもが絶えず周囲の顔色を伺い、家族の調整役を担ってきた日々を想像しました。
空気を読むということは、緊張感が漂う家庭の中で、身につけざるを得なかった生存戦略でもあったように思います。それらはいつしか、自身のアイデンティティへと移り変わっていったことを感じました。
「透明の威圧」という表現も、印象に残りました。自分には見えているけれど、周囲からはまったく見えも気づかれもしない圧力が確かにあったことを感じました。一生懸命ひび割れを治したあと、一人静かに泣いているような姿が浮かびました。

自分の中学生の頃を思い返しても、悩むことや考えることは無限にあったように思います。「いつも通り」は、常にどこか負荷がかかった状態だと思うと、いろいろなことが重なってしまえば崩れてしまうのも無理のないことだと思います。
調整役に徹し、自分を後回しにしたり諦めることでバランスを保ってきたのだとすれば、家族の言葉に「今さら何言ってるの」と反発したくなるのも当然の心情だと私は感じました。「遅いよ」の一言には、どこか寂しさも伝わってくるように読みました。

もしもノートの続きが書かれるとしたら、どんな言葉が綴られるのだろう・・と、最後にそんなことを考えました。またよかったら、お話を聞かせて下さい。

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