経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
ずっと一人で抱え込んで生きてきました。
「周りに迷惑かけるから」「周りから変だと思われて不利益を被るかもしれないから」。
学校に通い働いて、一つ目の職場は業務の進め方や雰囲気、縦社会の感じが全く合わず、希死念慮を抱えるようになり退職。
もしかしたらこの時点でうつ病になっていたのかもしれませんが、この時は病院に行かずとにかく職場から離れることだけを考えていました。
二つ目の職場は業界も職種も違う。でも人間関係がよく、業務に多少不満があっても怒鳴る人がいない環境が非常に合っていて長く続いていました。
しかしコロナ禍での社会全体の雰囲気に気圧されうつ病を発症。
それでも何とか働いていましたが、会社の雰囲気が徐々に変わっていき、業務過多もあり辞める人が続出。仲間を失ったことと自分も業務がいっぱいいっぱいの状態で更に新人教育と引継ぎが増えることが耐えられなくなり、自分もそうそうに辞めました。
自分に合った働き方などを考え、障害者雇用の道をいこうと就労移行支援事業所に通い始めました。
そこでようやく「人に頼る」「安全な環境はある」「周りに相談していい」ということを意識できるようになり、何とか働き先も決まりました。
一方で、常に不安が付き纏ってきます。自分はまた働けるのか?体調は安定できるのか?就職先は見つかるのか?決まった就職先は本当に自分に合っているのか?収入は足りるのか?
ずっと不安がいて、その不安が強くなって、「生きるのが辛い。そしたらもうしぬしか楽になる方法はないんじゃないか」という考えが出てきます。どの不安の先にもその考えが出てきて、そのたびに「でも今死んだら周りに迷惑がかかる」「苦しまない死に方が良い」「後遺症が残らないようにしっかり死なないと」「物を処分して、契約関連に綺麗にしないと」と踏みとどまるための考えがでてくるので、行動にでたことはありません。
自分の考えすぎる特性は、この点では役立っているかもしれません。
パートナーがいたら支えあえるのでしょうか。でも見つかる気がしません。探す気力もありません。
実家に戻る気はありません。家族には感謝してるけど、愚痴ばかり話す親といると気が滅入るんです。
公的機関にも制度にも頼って何とか生きていけるけど、もしそれが打ち切られてしまったら、収入が足りません。お金がなければ生きていけない。だから収入が増えるように頑張らなければ。でも頑張った結果体調を崩したら意味がない。そんなジレンマをずっと抱えています。
今は就労移行支援事業所の優しい環境を失うことへの不安が強いです。会社は本当に配慮してくれるだろうか。頼ることが怖い。腫れ物扱いにならないように業務は頑張りたいけど、ちゃんと体調を維持しながらできるのか。
前向きに考えられるときの私がいつもいてくれればいいのに。これで生きていけるのかな。辛さから逃げたい。怖い。不安。
感想1
ずっと一人で抱えてこられたあなたと、少しずつ人に頼ることを意識できるようになってきたあなたの双方を思いながら読ませていただきました。周囲の影響を受けやすく特に人や場の雰囲気に敏感なあなたの様子から、人一倍疲れやすかったり傷つきやすかったりも苦労することも多かったのではないでしょうか。大変なことも多い一方で、優しい考え方や価値観など大切なことに気づく力がある方だとも感じています。
2つ目の職場の人間関係の良さから長く続けられていた職場が、コロナの影響でボロボロになっていく様子はとても読んでいて心が痛くなりました。あなたにとっても長く続けられるほど良い環境だっただけに、第三者としては勿体無い、と惜しい気持ちになります。変わることを止められない社会や会社に虚しさを感じたり立ち止まる暇もなく、日々のことに追われるそんな人もきっと多かったのではないでしょうか。
「前向きに考えられる時の私がいつもいてくれればいいのに」とこの言葉に思わず深く頷いてしまいました。私はちょっとしたアクシデントで感情が左右されやすかったり、なんなら月の半分はネガティブ思考がとまらない体質だったりするのですが、あなたの調子の悪さというのもメカニズムがあったりするのでしょうか。前向きになれないのも、ホルモンバランスやうつのせいだと頭では分かったとしても、不安の渦中にいる時は叫びたいほど苦しいなと思います。自分でコントロールできないから、苦しいのですよね。
「周りに迷惑かけるから」「周りから変だと思われて不利益を被るかもしれないから」とずっと一人で抱え込んできたあなたが、「人に頼る」「安全な環境はある」「周りに相談していい」という意識を持てるようになることは、本当に大きな一歩だと思います。でも、今までの生き方ががらりと変わるかと言うとなかなか一筋縄では行かないものなのでしょうか。わたしも人に頼ることが苦手で、ついつい抱えがちなのですが、自然に人を頼れるようになるのは頼らないで生きてきた年数分かかるのかもな、と思ったことがあります。
暮らしや仕事の変化の中で、不安になるのもとても自然なことだと思います。不安なことを書いて表現したり、人に話したり、自分自身に「不安だよね」と声をかけながら一緒に不安との付き合い方を模索していきたい気持ちになりました。もうお仕事ははじまったのでしょうか、どんな日々を送っているのでしょう。少しでも大丈夫だ と思うことが積み重なっていたらうれしいです。
感想2
不安を抱えながらも、不安との向き合い方や解消の仕方を経験を通じて学び続けている人だという印象を感じる文章でした。誰かに頼ること、耐え難い環境から離れること、自分に合う環境に移動すること、自分を嫌な気持ちにさせる親と距離を取ること、制度に頼ること、すべてあなたが自分自身を大切にするためにとったすてきな行動だと感じました。ときに勇気や思い切りが要ったのでは、とも想像します。
不安への対処法は、私自身も学習中なのですが、「人って頼っていいの…?」「これが“安全”…?」「なに?!自分が安全と思えないことからは離れていいのか!」と日々驚くことばかりです。これらは少なくない人が身に付けている能力らしく、私の身の回りではあんまり共感者はいないのですが、「知ったとき、驚きませんでしたか?」とあなたに耳打ちしてみたい気分です。
不安の回避や解消方法を学んでも、捌ききれないほどの不安はどこから湧いてくるのでしょう。「会社は配慮してくれるだろうか」「制度が打ち切られるかもしれない」「体調を崩すかもしれないが働かなきゃ」……よくよく考えてみると、これはすべて社会の仕組みや風潮が個人へもたらしている不安であることに気づきました。支配的な社会規範や制度の不備がどれほど多くの人へ不安を与え、困窮に追い詰めているのかを考えると、とてもやりきれない気持ちになります。
しかし、ここで私が怒ったところで社会は変わらないし、あなたに付き纏う不安を和らげることの助けにはならないのです。ただ、あなたがここに不安を吐き出すことで、少しでも楽になってくれることを祈るばかりです。また不安や怖さが纏わりついてきたら、ぜひここに投稿しにきてください。
感想1
ずっと一人で抱えてこられたあなたと、少しずつ人に頼ることを意識できるようになってきたあなたの双方を思いながら読ませていただきました。周囲の影響を受けやすく特に人や場の雰囲気に敏感なあなたの様子から、人一倍疲れやすかったり傷つきやすかったりも苦労することも多かったのではないでしょうか。大変なことも多い一方で、優しい考え方や価値観など大切なことに気づく力がある方だとも感じています。
2つ目の職場の人間関係の良さから長く続けられていた職場が、コロナの影響でボロボロになっていく様子はとても読んでいて心が痛くなりました。あなたにとっても長く続けられるほど良い環境だっただけに、第三者としては勿体無い、と惜しい気持ちになります。変わることを止められない社会や会社に虚しさを感じたり立ち止まる暇もなく、日々のことに追われるそんな人もきっと多かったのではないでしょうか。
「前向きに考えられる時の私がいつもいてくれればいいのに」とこの言葉に思わず深く頷いてしまいました。私はちょっとしたアクシデントで感情が左右されやすかったり、なんなら月の半分はネガティブ思考がとまらない体質だったりするのですが、あなたの調子の悪さというのもメカニズムがあったりするのでしょうか。前向きになれないのも、ホルモンバランスやうつのせいだと頭では分かったとしても、不安の渦中にいる時は叫びたいほど苦しいなと思います。自分でコントロールできないから、苦しいのですよね。
「周りに迷惑かけるから」「周りから変だと思われて不利益を被るかもしれないから」とずっと一人で抱え込んできたあなたが、「人に頼る」「安全な環境はある」「周りに相談していい」という意識を持てるようになることは、本当に大きな一歩だと思います。でも、今までの生き方ががらりと変わるかと言うとなかなか一筋縄では行かないものなのでしょうか。わたしも人に頼ることが苦手で、ついつい抱えがちなのですが、自然に人を頼れるようになるのは頼らないで生きてきた年数分かかるのかもな、と思ったことがあります。
暮らしや仕事の変化の中で、不安になるのもとても自然なことだと思います。不安なことを書いて表現したり、人に話したり、自分自身に「不安だよね」と声をかけながら一緒に不安との付き合い方を模索していきたい気持ちになりました。もうお仕事ははじまったのでしょうか、どんな日々を送っているのでしょう。少しでも大丈夫だ と思うことが積み重なっていたらうれしいです。