どうも仕事にやる気が出ないし、先輩がどんなに明るく振舞ってくれてもまともに返事すらできないことが続いた。どうして私はいつもこうなんだろ、社会人としてちゃんとコミュニケーション取らなきゃ…。とどんどん沼にハマった。いつも自分や周りに疑問しかなくてAIチャットばかりいじる。その中で知った自分の特性。非定型うつ病、ASD、適応障害などのこと。自分でも分からない程、他人の言葉に落ち込み、悲しみ、自分を責め、死にたいと思う。こんな自分にどうにかして名前を付けてしまいたいとすら思う。そうすれば私は私を許すことが出来るかもしれない。言葉の力は怖い。誰かに言われた何気ない言葉で死にたいとも、嬉しいとも思う。痛いほど知ってる。だからこそ私に名前をつけて欲しいと願う。こんな私でも自分自身に頑張ったと言えるように、休んでも良いんだと言えるように。笑った時にやっと笑えた…じゃなくてそれが当たり前になれるように。
経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
自分って何
感想2
経験談への投稿ありがとうございます。
タイトルを読んで、「確かに、自分のことが一番分からないかもしれない」と妙に納得してしまいました。自分ではどうにもならないことを目の当たりにしたり、どうやっても分からないことやできないことに直面したとき、何かしらの根拠や理由を探したくなるのは自然な心の働きでもあるように感じました。ご自身で特性について調べたことが書かれていましたが、「そうでもなければ、自分の苦しさや動揺に説明がつかない」といった困惑があったのでしょうか。文章を読んで、周囲との関わりの中で幾度となく傷つき、心を削られてきたような瞬間をたくさん重ねてきたことを想像しました。確かにあるはずのつらさや悲しみに、名前を必要とする不安はどこからやってくるのだろうか・・と考えました。何かしらの名前を持たせなければ、頑張ったことを主張したり休む権利を得られないと感じることは、社会の側が有する問題のように私は感じました。言葉が持つ力を痛いほど理解しているあなただからこそ、慎重さ故に揺れている姿を想像しています。あなたは既に十分世界と戦っていて、休むことを許されていると伝えたくなった私がいました。
感想1
投稿ありがとうございます。
「言葉の力は怖い」この一言に強く心を打たれた感覚がありました。当たり前のように使うそれには人の心を動かす力があるということ、意識から外れがちだけれど大切で、相手を慮るほどさらに重要度が増す、考える程に難しくなるものですね…
他人の言葉に揺れ動くということは、それだけあなたが言葉の意味を真剣に受け入れているからではないかと私は感じました。あなたが「言葉」の持つ力を認識しているからこそ何気ない言葉に一喜一憂することもあるし、あなたが持つ気持ち、またその気持ちを持つあなた自身に名前を付けることで「言葉」の持つ力で自分自身を許したい気持ちがあるのかなと思いました。ひょっとすると、自分で自分を許すことができないと真にあなたの臨むものを得ることは難しいのかもしれませんが、私は言葉を介して人の気持ちの細部まで慮るあなたに「休んでいいんだよ」って心からお伝えしたいなと思いました。