私は常にもう1人の自分を飼っています。
二重人格でも本人がいる訳でもありません。
ただ頭の中にそれが居るんです。
少し失敗をするだけでも攻め立ててくるそれが。
言う内容はずっとずっと
「お前が死ねば」「周りも幸せ」「お前は間違っている」
「お前の絵は下手だ」「お前は才能もない」「生きる価値もない」
そういうのばかりです。
それが口を開けば自責自責自責自責自責。
無視すればいいのではとは何度も考えました。
でもずっと聞いてるとそれが事実に聞こえてくるんです
口を開けばその言葉が溢れ出してくるので。
いつも私は断頭台に首を預けています。
いつも私は大事な時に失敗をします。
出来るのであれば失敗する度に爪を剥いだ方がいいのではと思わないと、また失敗すると思い込むので、ダメなんですよ。
こう冷静に文章が打ててる時点で私はきっと
被害者面をしたいだけであり、可哀想な子を演じたい人であり
可哀想で救わなければならないヒロイン面をしているんです。
これもこれももう1人の自分がそう言っている気がします
もう1人が殺せたらどれだけ
それが出来ないから自分で死ぬしかないとしか
思えないんですよね。
まぁ死ぬのも怖くて痛いのを想像したら出来なくて。
またここでループに入るんですよ。
皆さんは自責の悪魔を連れて生きてくのは辞めましょう。
多分生きづらくだけなので。
というアホなお話です。
感想1
投稿ありがとうございます。
「もう一人の自分」に悩まされる感覚に勝手ながら共感できる部分があるなぁと感じました。それも自分の場合は「ネガティブな感情ばかりをぶつけてくる」のですが、あなたも同じなのでしょうか。
失敗をするたびに責め立ててくる「もう一人の自分」を無視ができればどれだけ楽だろう…おそらく何度も何度も試されているのかなと思います。けれど、耳鳴りのように煩わしいとまで感じるもう一人の自分が放つ責め立てる言葉の数々は、直接心に鉄の矢を撃ち込まれているような、まるで避ける余地のないもののようにも感じます。日常の一部のようにそれらを聞いていると「失敗」=「取り返しのつかないもの」というイメージが膨張して、崖っぷちにいるような、それこそ、あなたの言う「断頭台に首を預けている」ような感覚になるのでしょうか。(私の場合はこんな感じな気がしています。)
助けを求めるべく行動したことすらも「もう一人の自分」が言っていることのように感じる感覚、わかるなぁ…と勝手ながら共感してしまいました。被害者面とか、悲劇のヒロイン面とか、はたから見ればそう捉えられるということもなんとなく分かる気もしますが、そういった自分の気持ちを疑うタイミングは「自身の意識の外(無意識)から助けを求めている状態」のように私は感じています。冷静になって考えたときにこそ「もう一人の自分」が強めのブレーキをかけているという認識でしょうか。もっと率直に助けを求めてもいいんだよって思いました。