経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
もう死んでしまった人の生き方を知れば知るほど、なんか楽になる
みんな知ってるゴッホは、
死ぬまで弟のヒモしていたし
アウトサイダーアート(芸術教育受けてない素人のアート)の父とか呼ばれてるヘンリー・ダーガーは
60年くらい狭いアパートに引きこもって一人で妄想小説書いていたし
フォトコラージュを開発したハンナヘッヒは
ナチスから10年近く隠れながら創作活動して
その後個展開いてるし
えっちな女の子描くのがめっちゃ上手い吾妻ひでおは
突然仕事場から逃げ出して生ゴミ食べながら路上生活したり、アル中で入院するくらいめちゃくちゃな生き方してたけど
なんだかんだ69まで生きたし
ダリとかサンデクジュペリは普通に社会人やりながら創作活動してたし
みんなメチャクチャな生き方したり、人に迷惑もかけてるけど
最後は必ず死ぬ
死んで土に還って過去の人になる
なんかそう思うと自分の人生もなんかこう
短く思えるじゃないけどなんかこう
わかるだろ
感想2
とても興味深く読ませてもらいました。私がこの経験談を読み、すこし似てるかもと思った感覚をいくつか書いてみたいと思います。
まず文中にあるヘンリー・ダーガーについては、私は彼の絵がかなり好きなのですが、私も彼の生涯を知り「そういう人生もありうるんだ」と感嘆したことを覚えています。パイロットであったサン=テグジュペリも。それらの人生を垣間見ることはありうる人生の幅が広がってゆくようで、それはあなたの「なんか楽になる」にすこし近い部分があるかもと思いました。
今日ちょうど久々に美術館に行ったのですが、そこで十数年前に亡くなった作家の制作の年表や作品修復の記録を見ました。死後はじめて知った作家でしたが、年表を見ると、なにかどこかですれ違っていたような感覚になり不思議です。
私はたまに無名の人の記録にもほとんど残っていないような生涯に思いを巡らせることがあります。たとえば100年以上前の手編みのセーターを、どんな人がどんなふうに編んでいたのか、その暮らしはどんなもので、なにを感じて生きていたのか……。想像することで、自分の人生と歴史のどこかでつながるような気持ちになります。
もっと縮尺を広げ、地球の歴史を読んでいると、人間でもない無名の存在ばかりが通り過ぎてゆき、自分の人生の数十年なんて、またたく間のことだと感じます。
そんなふうに縮尺をずらしていくような感覚が、あなたの故人への感覚につながる部分もあるのかも、と思いました。死んだ人のことを知るとき、あなたの感性が、それらの作家とどこかで交差して響き合う感じがあるのかなと想像しています。
感想1
色んなアーティストが文章中に出てきたから、投稿者さんは芸術がお好きなのかな?と思いながら読んでいました。私は経験者さんほど詳しくないですが、芸術が好きで、芸術に救われて生きてきました。ゴッホ、私もすきです。そして他に出てきたアーティストも気になったので、咄嗟に少し調べてみたりした私がいました。
言葉使いがこれでいいのか分からないけど、ぶっ飛んだ生き方をしている著名人の生きざまに、こう上手く語源化できないけれど、すごい救われことがありました。そしてどんな生き方をしても人は最後は必ず”死ぬ”ということが決まっていることに投稿者さんの文章から改めて気づいた自分がいました。ゴッホなんか生きてる時代は全然売れない画家だったけど、死んでから世界的に有名になったり。それをふと思い出し、どうせいつか死ぬと決まっているなら、今どう生きたいか?と自分に問いたくなる私がいました。
最後の「なんかこうわかるだろ」の一文に、投稿者さんの「わかるだろ」に対して合ってるのか分からないけど、その言葉にグッときた私がいて思わず、なんか分かるかも、、、と言ってしまいそうになる私がいました。投稿者さんのお話を私はもっときいてみたいと思いました。投稿ありがとうございました。