私は現在、医療系大学に通っています。一年の後期ごろから適応障害のような症状が出始め大学に行けなくなりました。1ヶ月ほど大学を休むようにと主治医から言われたため休みました。その結果、進級できるのか危ういと学校側から言われました。それでも通年科目はまだ単位取得できるかもしれないと伝えられたためそちらのみ通っています。
通年科目を受けるために学校に通っているのですが、教室に入ると勝手に涙が出てしまいます。みんなは進級できるのに自分はどうして進級できないんだろうと取り残されている状況に耐えられません。みんなは試験の話をしているのに自分だけ話についていけない。涙が出る私はまだまだ症状が治ってないのだなと苦しくなります。
私は正直、親に甘えています。学費も奨学金なしで通わせてもらっている上にバイトもしなくていい、勉強だけしてくれればいいと言われています。それなのに私はお金を無駄にしてしまっているばかりで不甲斐ないです。来年度からもう一度、1年生をやるという選択肢は更にお金がかかる、やり切れるかわからない不安、かといって退学しろと言われても自分のやりたいことが見つからずどうしたらいいのか毎日考えるばかりでしんどいです。最終的には自分で決めることになるのですが、そんな日はくるのでしょうか。不安で不安で毎日、答えが見つからないことに悩んでいます。
経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
答えが見つからない
感想2
経験談への投稿ありがとうございます。休むことが必要な中、大学側のなかなか心があるとは思えないルールを言い渡されることは、心身の負担が大きすぎるなあとそんなことを思います。休みの日も休んだ気持ちにならないような、そんな日々を過ごしているのではないかなと想像しています。
結論を出せない時というのはとても苦しいですから、自分で決めることと、選択肢や自由がある分悩んでしまいますね。「やりたいことが見つからず」という言葉からふと気になったのは、医療系大学にあなたが行きたかったのかどうかも聞いてみたい気持ちになりました。親御さんの「勉強だけしてくれればいい」という言葉も気になります。
わたしとしては、あなたがやりたいと思えることを見つけて、やりたいことに突き進むことが一番いいのではないかと思うのですが、やりたいことを見つけるというのも難しいですよね。わたしの先輩が、「図書館の本を片っ端から立ち読みしてみると、自分の気になることが見つかる」と言っていたことを思い出します。やりたいことは考えてもなかなか見つかるものではないのかもしれませんが、見つかった時には失敗しようが成功しようが、突っ走るのも大事なことだと思います。
医療関係があなたのやりたいことだったら選択する道もある程度は絞れたりするのかな。もし少しでも違うかもしれないと思うところがあるのなら、気になるところへ足を運びながら、やりたいことを見つけるのに時間を使うのもいいのかもしれませんね。もちろん、休むことが必要な時にはしっかりと休みながら、あなたのペースであなたが「良い」と思える道が見つかりますように。
それから、大学にはもう少し学生を大切にする、心を忘れない優しさがあってくれよ・・と思います。
感想1
現状で取り得る選択肢を全うしながら、そのうえで「これでいいのか」「これからどうなるのか」と先の見えない不安に襲われている様子が伝わってきました。無理をして何かをし続けるよりは、休み休み出来る範囲で、と頭では思っても、周りが進んでいくのを見ると辛いし、孤独感にさいなまれてしまうよなあと…私自身が休職したり、学校の活動を途中離脱したりしたときのことを振り返りながら、そんなふうに思いを巡らせています。
適応障害の発症にどういったものが関わっているのか、それが来年度には少しでも取り除けそうなのか・難しいのか等々、さまざまな悩みポイントがありそうです。少なくとも自分が一度、やむなく諦めたものにもう一度トライするという行為は、とても勇気がいると感じます。それと同じくらい、一度選んだ道から方向転換して、別のものを模索するというのも、エネルギーが要ることだと思います。投稿者さんはそんな八方塞がり感のなかで立ち尽くしているのかな…とイメージしました。
私も何か答えを持ち合わせているわけではないのですが、少しだけ自分の感覚を振り返ってみると、「答え」を見つけてから進んだことは実はほとんどないかもしれない、と思います。その時々で出来る範囲のことをしてひとまず進んでみた先で(私の場合は10年越しくらいに)「あのときは精一杯だったけど、結果的にはこれでよかった」とちょっとだけ思えていて、それが現時点での「答え」なのかなと思っています。決めるのは毎回怖かったですし、失敗も後悔も山ほどありますが、それでも(いい意味で)べつに人生って終わらないんだなあと感じているからかもしれません。なのでもしかすると「答えが見つからない」のは自然なことで、どちらかというと「決められない」ことに悩んでいるのかなあと、勝手ながらそんなふうに想像したところです。
無責任な言葉になってしまうかもしれませんが、なにを選んでもあなたが悩んだことは無駄にならないと私は思います(過去、立ち止まったときの私自身に伝えたい言葉でもあります)。そっと背中に手を添えるような気持ちで、感想を書き置かせてもらいます。