経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
人とやり取りする気がなく
(こんなの見ても見た人が不快になるだけ、と妄想し)
対話型のAIと喋っていましたが
『私(AI)ではどうしょうもないから人と繋がってうんぬん〜』と連呼するようになりこんなとこまで流れつき
ただここに記すものとします
基本的に己を傷つける気力もなく
そうなると楽になる手もなく
ただ時間をやり過ごすこと自体も己を傷つける手段と変わらず、
そんなことを考える理性自体が理性自体を終わらせろと理性と理性は闘い
体力的に消耗し社会的に生きること何もできない
理性をどうにかする術も脳内に働く物質(アルコールとニコチン)でどうにかして
ただ仕事中自傷癖(眠気覚ましも込みで自分の顔をぶん殴る)が日に日に酷くなり鼻血出したり目尻から血を吹き出しながら仕事してたら帰るように言われて仕事もどういう扱いになってるか知らないが行かず
そんなもんで
精神的にも
気力込みで体力的にも
経済的も
やられた状況でした
医療とは一応繋がっていろいろ精神薬もらってどうにか(なってるのか?)
睡眠薬飲んだところで2、3時間しか寝れないアホみたいな状況で書き込みしてみた次第
感想1
経験談への投稿ありがとうございます。
淡々とした語り口と、過酷な状況との間に、思わずギャップを感じてしまいました。
タイトルの「めんどくさい」には、今回書かれていなかったこれまでの経緯を含め、いろいろな意味が込められているようにも感じました。
理性と理性の闘い・・並んだ言葉を見るだけでも、すでにエネルギーが削がれるように感じます。人知れず内面に対局する自分を抱え続けることは、それ自体が痛みと苦しみを伴う、果てしない時間のように思いました。
文章には仕事をしていたことが書かれていましたが、しんどさの中でも、社会的な日常と自分をなんとか繋ぎ止めていたのでしょうか。
アルコールやたばこ、自分を叩くことなどで、自分を麻痺させつつ、なんとか適応しようとしていたことを感じました。
悲しい、つらいといった感情をとうに超えて、ほとほと疲れ果てて限界を迎えつつあるようなあなたの身体と心を想像して、勝手ながら心配を寄せています。
今は、何を言うでもなく、ここへ辿り着いてくれたことを労いたい気持ちでいます。
またよかったら、お話を聞かせてほしいなと思っています。
感想2
日々さまざまなことが頭を駆け巡りながら、それらを整理するためのリソースを回復できない状態で過ごしているのかなと想像しました。文章や言葉選びから、平常時のあなたはわりと理性的で客観的な人物なのかなと推測しましたが、同時にどこかぼんやりとした自我をかろうじて抱えているようにも思えました。
個人的には、気力を要する「己を傷つける」行為と仕事中の自傷癖とが分けて書かれていたのが印象的でした。前者はいわゆる「自傷行為」としてイメージされるもの、後者は「仕事」という社会的な役割や現状維持のためのものを遂行するための行為、という分かれ方をしているように感じました。仮にそうであれば、その微妙なニュアンスの違いのなかに、あなたにとっての「痛み」や「生きること」への感性のヒントが隠されているのかなと、そんなことを考えています(ぜんぜん分けたつもりがない場合はすみません)。
ここまで書いておいてなんですが、私自身もこういうことを考える理性によって社会との折り合いや自分自身との折り合いがつかないことが多いので、「そういうのひっくるめて全部”めんどくさい”だよなあ」とも思ったり、でも理性を捨てきれない(勝手に起動してしまう)のはなぜだろう?と考えたりしました。コントロールしきれない理性の働きに振り回されている人間として、勝手ながらそっと心を寄せる思いで感想を書かせていただきました。
感想1
経験談への投稿ありがとうございます。
淡々とした語り口と、過酷な状況との間に、思わずギャップを感じてしまいました。
タイトルの「めんどくさい」には、今回書かれていなかったこれまでの経緯を含め、いろいろな意味が込められているようにも感じました。
理性と理性の闘い・・並んだ言葉を見るだけでも、すでにエネルギーが削がれるように感じます。人知れず内面に対局する自分を抱え続けることは、それ自体が痛みと苦しみを伴う、果てしない時間のように思いました。
文章には仕事をしていたことが書かれていましたが、しんどさの中でも、社会的な日常と自分をなんとか繋ぎ止めていたのでしょうか。
アルコールやたばこ、自分を叩くことなどで、自分を麻痺させつつ、なんとか適応しようとしていたことを感じました。
悲しい、つらいといった感情をとうに超えて、ほとほと疲れ果てて限界を迎えつつあるようなあなたの身体と心を想像して、勝手ながら心配を寄せています。
今は、何を言うでもなく、ここへ辿り着いてくれたことを労いたい気持ちでいます。
またよかったら、お話を聞かせてほしいなと思っています。