私が小学生6年生の頃
自己紹介でとあるゲームが好きですって言った。だけどその頃そのゲームしてる人=痛い ってなっててクラスの笑いものにされた 好きなものを好きって言うのが怖くなった。友達もそれで出来なくなった
学校に行きたく無くなった
親に毎朝学校行けって大声で怒鳴られて 殴られて蹴られて迎えに来てくれた友達はいつも私をゴミを見るかのような目で見てくる。 自分が友達を待たせて挙句の果てに怒鳴り声まで聞かされてゴミのよを見るかのような目で見てくるのは当たり前だって分かってたし友達は悪くないって分かってたけど少しは可哀想だなとか相談聞こうか?って聞いて欲しかった。なんも触れずにただ友達は早く歩いてだけ言ってきた
中学一年生になってからは
周りに合わせるようにした
好きでも無い下ネタや、ピアノをしているとか元々男性恐怖症気味だったけど無理やりにでも男の子に話しかけられたら笑顔で答えたし、前までの自分だったらどんな人にも可も不可もなく話しかけてだろうけど
だが今はクラスで笑いものの少し知的障害のある少し特別な子に対して私は春頃まではニコニコ話しかけたり話を合わせたりしてたけど一軍グループからなんであの子と話してるの笑など言われて次は私がまた笑いものにされる。って思ってからは笑ったりわざと嫌なようにいじったりして周りに合わせるようにした
けど友達に裏切られてまた不登校になった。
不登校になってからは次は先生から
学校に来れないか、みんな待ってる、色々言われたけど
車で学校に行っても私は車から出ることが出来なくなってしまった。
親からは車からはせめて出てよとか
サボりとか居なくなった方がいいとかお前が悪いとかいつになったら学校に行けるのって言われたりもした
毎日親戚、親から色々言われて泣いて泣いて居なくなった方がいいって気づいてても死にたくても死ぬこと自体怖いし失敗して植物状態になったらって考えたら無理だった
まともにみんなみたいに楽しく学校に行ったことはほぼない。
常に誰かからは虐められてたし
その原因がわかんないようなところもまたそこがいじめられてる原因だったのかなとか
普通に学校に行って普通に友達がいて放課後遊んで友達とLINEして電話して
そんな日々が少しでも送れた
1日でもあった人が羨ましい
頑張って中学生からは陽キャの人とつるんだり合わせてたけど次第に辛くなってもうどうでも良くなった
いつか消えるから多分
だから少し待っててください
次は普通の子として普通の家庭で普通の環境に恵まれて
あわよくばいい人生が次は送れますように
次はアイドルになれますように
次生まれ変わる時には
好きなことが好きって言えて周りを気にしない世界がいいな
感想1
経験談の投稿ありがとうございます。読みながら、好きだと言っただけで居場所を失ったことが、その後の人間関係や自己像を長く縛り続けているような印象を抱きました。自己紹介は本来なら自分を知ってもらうための時間なのに、そこで笑いものにされた経験が、「好きなものを好きと言う=危険」という感覚にすり替わってしまったのではないかと想像しています。その瞬間から、友達づくりも学校という場所も、安心できるものではなくなっていったのではないでしょうか。毎朝の怒鳴り声や暴力、迎えに来た友達の冷たい視線は、「行けない理由」を誰にも理解されないまま、ただ責められ続けた時間だったのではないかと私は思いました。自分が悪いと頭では分かろうとしながら(私は読んでいてあなたが悪いとは思いませんでしたが)も、本当は少しでいいから自分の気持ちに気づいてほしかった、という願いが滲んでいるようにも感じました。「早く歩いて」という一言だけが残った場面は、助けを求めること自体を諦めていくきっかけだったのかもしれないな…と。
中学に入ってから周囲に合わせようとしたのも、嫌いな話題に笑顔で合わせたり、怖さを押し殺して人と関わったりすることは、“生き残るための選択”だったのではないでしょうか。でもその適応は、自分を守る一方で、自分を削るやり方でもあったのだと思いますし、集団の視線を恐れて相手に対して態度を変えてしまったことへの葛藤も、善悪という単純な話では片付けられないものだと私は思いました。学校という閉じた空間では、“誰と同じ側に立つか”が生存戦略になってしまうことは私も経験して感じることで、その構造自体が、誰かを追い詰め、誰かを加害側に変えていくのだと改めて考えさせられました。
また、再び不登校になり、車から降りられなくなった場面は、意志の弱さではなく、体がこれ以上耐えられないと訴えている状態に私には映りました。それでも「サボり」「お前が悪い」と言われ続けると、自分の苦しさを説明する言葉を失っていくものでしょうし、死にたい気持ちがあっても、死ぬこと自体が怖いという感覚は、とても率直で、生きたいとも死にたいとも言い切れない宙ぶらりんさが、あなたの苦しさをより強めているようにも感じました。
「普通に学校に行って、普通に友達がいて」という表現には、強い憧れと同時に、決して手に入らなかった時間への悔しさが伝わってきて、たった一日でも、そういう日を過ごせた人が羨ましいという言葉は、決して大げさな表現ではなく、それだけ日常が奪われてきたことの裏返しだと私は思います。
“次は普通の子として”という思いや“好きなことが好きって言えて周りを気にしない世界がいいな”という願いは、今の世界がそれを許してくれなかったという、現実を伝えようとしているようにも思えました。個人の弱さではなく、同調圧力や排除、家庭や学校での支援や理解の乏しさが重なった結果として、それだけじゃないにしてもこうした願いが生まれるのだということに、もう少しこの社会が目を向けていく必要があるし、そうなるためにできることを考え続けたいと強く思いました。
そんな容易なことではないのは承知の上で、この先あなたが好きなものは好きと安心して言えたり、無理なく自分らしく過ごせる日々が訪れることを願っています。またいつでも伝えたいことや、抱えている気持ちを外に出したくなった時は死にトリを訪れてください。