経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

漠然

私は、ふとした時に漠然とした希死念慮が湧き上がってきます。
それは今に始まったことではなく、記憶している中では小学3年生のときからだったと思います。
実母から虐待を受けていました。
「産まなければよかった」「あんたを殺してやる」「あんたがいなければ本当の好きな人と一緒になれたのに(父とはデキ婚のため)」「殴ったことはパパに言うな」
上記のような言葉は日常茶飯事で、暴力もありました。
母の前で食事をする時は緊張して手が震えるので、食べ物をこぼしてしまうことがよくありました。
そうするとフォークやナイフが飛んできて、頭に当たり流血など。
虐待は年長くらいから始まったと思います。
その時からは【漠然とした希死念慮】を自覚していました。
子どもながらに行動に移そうとしたこともありますが、なんとか今もこうして生きています。
そして今の私は結婚後、子どもが生まれ、ありがたい忙しさの日々を過ごしているはずなのに、今も【漠然とした希死念慮】がどうしても消えてくれません。
きっと、人格形成される時に擦り込まれてしまったんですね。
それは特に、生理前や妊娠発覚頃、妊娠中など、ホルモンが動いているであろう時に強く感じます。
カウンセリングに行ったこともありました。
絶対に連鎖させまいと誓って子育てをしていますが、いつ私がとち狂い子どもに母と同じことをしてしまうか、怖すぎて地域の保健師さんには育った環境を伝えました。

私が今どうしたいのか、自分でもわかりませんが、希死念慮というのは厄介ですね。
子どもが成人するところまでは見届けたい、でも深くて吸い込まれそうな希死念慮が急に襲ってきます。
夫は私の過去を知っています。
まだ新婚の頃は希死念慮について打ち明けていました。
ですが、夫は素敵なご両親の下で大切に育てられた人なので、心からの理解は難しいようです。
完璧に理解してもらおうとは思いませんが、【希死念慮が身近な私】を知っていて欲しいとは思ってしまいます。
夫は所謂結果主義者なので、共感や寄り添うということは苦手との事なので、私の中にある「ただ辛い、苦しい」ということを聞いてもらったところで、困らせてしまうばかりです。

いつしか、家族全員が眠った後、徒歩1分の公園に行き、思い切り泣いて帰るのが唯一のストレス発散になりました。
途中、そのついでに消えたい気持ちに飲み込まれそうになりますが、子どもたちの顔を思うともちろんできません。
長文をここまで書き連ねて、何を言いたかったのかわからなくなってしまいました。ですが、打ち込んでいて気持ちが軽くなりました。
こちらのwebサイトに出会えてよかったです。
他の皆さんの経験談をたくさん読ませていただこうと思います。
お読みいただき、ありがとうございます。

感想1

経験談の投稿ありがとうございます。
どこか自分を俯瞰で見るような、落ち着いた語り口を私は感じました。それはあなた自身が【漠然とした希死念慮】と表現しているように、感情を意識化しすぎず意思や生活と少し切り離したところに置くことで、自分を守ってきたということなのかな…とも思ったりしました。その冷静さがある程度安定した生活を成り立たせているものであると同時に、周りとの関係性では感情表出や発散をしきれず、公園でこっそりと自分の感情を出すような、ある種の孤独を生み出しているのかもしれないとも私は感じました。

私は虐待を受けてないので「私も」という言葉を使うのは憚られるのですが、私も希死念慮との付き合いは比較的長く、「完全に理解してもらおうと思いませんが、【希死念慮が身近】な私を知っていて欲しい」に、わかる…とつい呟いてしまいそうになるほど共感しました。
虐待を受ける日々は、母に対して感情を抑制して振る舞わなくてはならなかったのではないかと想像しています。また、虐待を受けていることも、なかなか相談できる状況でもなかったのではないかと読み取っています。「【希死念慮が身近】な私を知っておいて欲しい」には、そういったずっと隠れていた傷ついた自分や苦しい自分がいたことを、せめて誰かにはわかっていてほしい、といった気持ちがあるのかもしれないと私は感じます。そして、それは傷ついた自分への、自分からの優しさとも言えるのかなと思っています。また、傷ついた自分と自分なりに付き合って生きていく上で、傷ついた心を一人抱えるのではなく誰かと共有できることは、一つの確かな支えや力になるように私は思います。(このあたりは自分の感覚と勝手に重ねているので、全然違ったらすみません)
そういう意味では、おそらく部分的な自己開示ではあるのでしょうが、地域の保健師さんに自分の育った環境を伝えられているのは大切なことだと私は感じました。

経験談の最後の方に「他の皆さんの経験談をたくさん読ませていただこうと思います」という言葉がありましたが、それも、傷ついた自分にとって、自分が一人じゃないと知る行為や、希死念慮のある自分で安心していられるような時間になるという意味合いもあるのかなと私は思いました。
自己表現は、何が言いたいなどの目的を持たなくていいと私は思っていて、普段は周りに隠している(もしかしたら自分の中でも隠している)気持ちを、語ることでこの世に存在させてあげる行為なのかなと思っています。
またよかったら、死にトリにでも他の何かにでも、あなたの語りを届けてほしいと思います。

感想2

投稿ありがとうございます。
暴力と暴言が身近にある過酷な養育環境を経験され、今まで必死に生きてこられたのだろうと想像しています。そのような環境の中で希死念慮が生まれるのは自然なことのように思えました。
今も漠然とした希死念慮を抱えながらも、お子さんには絶対に連鎖をさせまいと誓って子育てをされているというところにあなたの強さと覚悟を感じました。
自分がどのようなときに希死念慮を感じるのか分析されていたり、自分がコントロール不能になってしまったときの安全策として保健師さんに過去の養育環境を伝えておくなど、自分を客観的に見てお子さんの安全な環境をどう整えるかを考えて行動されているように思いました。それは決して簡単にできることではないと思います。
漠然と湧き出てくる希死念慮の取り扱い方に、どうしたらいいのか頭を悩ませているのかなと想像していました。
私は、希死念慮はとても重たい荷物のようなイメージがあります。あなたは過酷な環境におかれたことで、その荷物を背負わされてしまったのだと思いました。
この荷物を一人で抱え続けるには重すぎるし、お子さんにもこの荷物を背負わせてしまったらどうしようという不安も合わさって、あなたの荷物はより重みを増しているのではないかと想像しています。
この荷物を降ろしたい、だれかとこの荷物を少しでも分け合いたいと思うのは自然なことのように思います。
あなたの中に「夫さんに寄り添ってほしい」、「だれかに希死念慮について一緒に考えたり受けとめたりしてほしい」という思いがあるように感じました。ただ、あなたも書かれているように夫さんは頭では理解してくれているけどもあなたの気持ちへの寄り添いや受けとめは難しい方なのかなと思いました。
あなたは夫さんのことを理解し、割り切っているような、諦めているような気持ちなのかなと想像しています。夫さんにそれ以上を求めないのは、あなたの優しさと相手への思いやりの気持ちなのかなとも思いました。
でも、それでは残された希死念慮はどうしたらいいのか…と独りぼっちで悲しい気持ちになってしまうのではないかとも思いました。
なにかを話しても状況は変わらないかもしれない。でも、どうしたら良いのか一緒に立ち止まって考えてくれたらいいのに…と、夫さんに対してつい思ってしまう自分がいます…。
夜の公園であなたが一人泣いているところを想像すると、あなたの横に座って静かに背中に手を添えたい気持ちになりました。
「話すことは、手放すこと」と聞いたことがあります。この経験談には希死念慮を抱える人たちが心に抱える荷物をそっと手放しに来ているような気がしています。
あなたの抱える荷物を少しでも手放したいと思ったとき、またぜひここに来てみてほしいなと思いました。

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