経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

満たされない

私は、幼少期から親に「お前なんか生まなければよかった」と言われ育ってきた。それからも、ことあるたびに親から「(旅行行ったときに)食費がかさむ。○○円かかった」などをいわれろくに愛されずに育ってきた。それから数か月たち、高校2年のインターンシップの時自分が思ったような結果が出せずに躁鬱を発症。その時も、親は躁鬱に対して理解しようとせずに「鬱?そんなの努力で直せ」「鬱になるのは心が弱いからだ」や、「鬱?そんなことより家事の手伝いしてよ」などといった心無い罵声の数々を浴びせられてきた。しまいには、食事を出さない、私を置いて外食に行くといったネグレクト行為をしてきた。だから鬱って言うのを表に出すと、嫌われるんだと学んでしまいそれから外に行くときは自分を偽って明るいふりをしてきた。しかし、すぐに疲れてしまい、ずっとずっと「すぐに疲れてしまう自分なんていらない」「ほかの人に必要とされない自分なんていらない」「なんでこんな自分が生きてるんだろう」「なんで何も持ってない自分がのうのうとこの世に生きて呼吸をしてるんだろう」「早く死ねればいいのに」などの自分をののしる自分と戦ってきた。けど、明るいふりをしてほかの人と話していると、どんどん自分が嫌になっていき自殺願望が加速していく、人より劣っているところが目に付いて自分をののしることをやめられなくなっていくことが増えてきた。どこから人生を間違えてしまったのだろうか(笑)。失敗ばかりだ。

感想1

コップの水が溢れるように、思ってみてもいなかった場面をきっかけに、不調で心身が悲鳴をあげる。躁鬱病は、もしかしたらあなたがこれまで投げかけられた言葉が姿を変えて、表に出てきたのかもしれない。親に対する恨めしい言葉の代わりに、自分に対して「早く死ねばいいのに」と投げかける。言葉の持つ破壊力を知っているからこそ、自分自身への攻撃を緩めない。一方で、「自分をののしる自分と戦ってきた。」と、抵抗している自分も知っている。守りたい自分にも、あなたは気づいているのかもしれないと。

「誰の金で飯を食ってると思っているんだ」と、父親の顔色を見て生活してきた私の家族。そんな私は高校3年生の時に90キロの肥満になり、血圧を上げ頻繁に鼻血を出していた。父親は憐れむように、そんな私を見ていた。認めたくない事実として、子どもは親を選べ無い。安定的に愛情を注いで欲しいと願っても、叶わないこともあることを体験しました。

「どこから人生を間違えてしまったのだろうか」と書かれていましたが、あなたが間違えたことはひとつも無い。親と子どもである自分の人生が、別物で、関係なく生きることもできる。どうしようもなく悲しく受け入れがたいことのようにも思うのですが、その選択肢もあったりします。日々、戦っているあなたにまずは労いの言葉をかけてあげたいと率直に思いました。投稿いただき、ありがとうございました。

感想2

「どこから人生を間違えてしまったのだろうか(笑)」と文末に着いた(笑)があなたの人柄を思わせて、とても身近に親しみを覚えました。ただ、一方で笑わずにはいられないようなこれまでの人生への達観にも感じています。あなたの中でリフレインする、自分をののしる声は幼い頃から言われ続けた親からの呪いの言葉から響いてくるものであり、あなたが思っていることではないように思います。同時に、あなたが自分を守るために唱え続けている呪文の言葉にも思えます。どちらにしても、こうして自分の中に響く自分へのののしりを書いて送っている行動はあなたの意思や気持ちが主導権を譲り渡さずに自分として生きたいと願っていることの証だと私は感じました。
タイトルの「満たされない」は「満たされたい」という願いだろうと思います。あなたは全く間違っていないと私は思いました。そして、失敗ばかりと自己評価する背景には、子ども時代に守られなかった権利があり、あなたが失敗だと思うことはあなたの失敗ではなく、あなたが失敗させられたという意味だと私は思います。今、どういった環境で暮らしているのかわかりませんが、少しでも尊重される環境に身を置き、心身とともに尊厳を回復されることを願わずにはいられません。

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