どんな関わりの人でも、
その人の不安や悩みを引き出して、
支えて上げたかった、笑顔にしたかった20代。
そしてそれは実行できていたと思う。
皆から話しやすいとか○○ちゃんにだけは言うんだけど‥って、たくさん言ってもらえた。
でもそれは、虐待を過去に受け続けた自分に、辛い思いした自分こそ誰よりも人を支えられる!って正義感を見いだしてただけ、人を支える自分を認めてもらうことに価値を感じてただけ。だから一生懸命周りと寄り添った。
でもいつしか、この人はこんなことで悩んでるのか。自分はもっと辛かったのに、あーそんなことか、これくらいで、なんて思うようになった。
このような偽物を、人は馬鹿じゃないからもう頼ろうなんて思ってくれないし、自分も人のことが苦手になって頼ることは無くなってしまった。旦那や昔からの友達にも悩みを言おうと思うことすらなくなってしまった。
上辺の話しかできないし、昔みたいに感情を言葉に乗せる方法を忘れてしまった。
思い出したい自分と、新しい自分に他になれないのかと反芻するけど、また同じ日々を迎える。
あの頼りがいがある自分が本当の自分だったんだろうか。偽物だったから居なくなってしまったんだろうか。そこに価値を見いだしてたのに、できなくなったら本当に価値が無いな。何がしたいんだろう。
経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
偽物
感想2
昔は人の気持ちに一生懸命寄り添おうとしていたけれど、いつしか「これぐらいで」といった気持ちが出てきた…そんな自分は「偽物」なのではないかと感じているということが私には伝わってきました。
周囲の人の話を聞いて「自分はもっと辛かったのに」と思うことが私にもあるので、その部分に勝手ながら共感していました。あなたがどういう気持ちで人の話を聞いたときに「自分はもっと辛かったのに」と考えていらっしゃるのか分かりませんが、その頃の私は「辛いことを経験した自分」というものをアイデンティティの一部にしていたように思います。
また、私としては「頼りがいがある自分が本当の自分だったんだろうか。偽物だったから居なくなってしまったんだろうか。そこに価値を見いだしてたのに、できなくなったら本当に価値が無いな」という部分に目が留まりました。あなたがあなた自身のことをどう認めたらいいのか迷っているように感じたからです。私はそうして揺れる姿は偽物ではなくありのままのあなたの姿のように感じました。
経験談を投稿してくださり、ありがとうございました。
感想1
あなたが人の不安や悩みをどう受け止めるかは変化しているようですが、私の目に映るあなたは、過去の自分や今の自分を自分なりの方法で守り抜こう、大事にしようとされているように見え、一貫しているものを感じました。
不安や悩みの受け止め方が変わったのは、あなたがいろいろな人のいろいろな悩みに触れるうちに、自分の辛さが決して軽いものではないということを、身をもってじわじわと実感したからなのかなと想像します。
それに、悩みを受け止めるということ自体、なかなか気力を使うことだと思います。今は人に寄り添うよりも、気力を回復したい期間に移ったという可能性もありそうで、もしそうならそれは自然な心の動きなんじゃないかと私は思ったことを伝えたいです。
なんにせよ、変化した部分はあったとしても、私には過去のあなたにも今のあなたにも共通している部分を感じられたので、どちらが偽物ということではないような気がしました。これから先のあなたが、前の感覚に戻ったり、別の感覚に変わったりする可能性があると思いますが、変化した部分や変わらない部分を、気が向いたらまた教えていただきたいと思います。