私の実家は小さい頃から親の喧嘩が絶えない家庭で、暴力沙汰の喧嘩になっては元に戻るという繰り返しでした。小学校の時に両親が別居し、私は母の方についていきましたが母からも精神的な虐待を受けて育ちました。刃物を持ち出して脅迫されたり、暴れたりするなど辛い日々で学校生活などで楽しい面もありましたがうまく馴染めないこともありました。そんな家庭環境から祖父母が心のよりどころとなり日々を過ごしてきました。高校生のときに両親が離婚し、思春期の多感な時期もあってうつを発症し、皆が送るような楽しい高校生活は送れずずっと孤独を抱えながらも、なんとか高校卒業まで持ちこたえることができました。
大学進学のため高校卒業と同時に地元を離れ、嫌だった両親からも解放されパートナーともいえる人とも出会え楽しい学生生活を送ることができました。
社会人になり1年目で父が癌で亡くなり、その後仕事がうまくいかないことなども続き26歳のときに一度自殺未遂を図りました。
心のよりどころにしていた祖父母も今では全員亡くなり、現在母がいますが統合失調症を発症し、地元の精神病院に入院させている日々が1年以上続いています。
私自身も仕事などあまりうまく行かず、人間関係などに疲れ切ってしまい再度うつを発症し、通院などをしながらなんとか母の入院費をつなぐためにと仕事も行ってきましたがもう心が限界にきてしまいました。
毎日死にたいと思いながらも一歩が踏み切れずとどまり、うつで体も思うように動かなくなってきていてどうしたら良いかわからずいまここに書き込んでしまいました。乱文で申し訳ありません。
感想1
投稿ありがとうございます。
疲労を招くようなことが幼少期からずっと続いていることが伝わってきたので、疲れきったという表現、的確だなぁとしみじみ感じました。
大学時代はあなたらしさを取り戻したり模索したりできる期間だったのかなと勝手ながら感じていて、あなたとしても充実した期間だったことと想像します。そこから立て続けに心を揺り動かされる出来事が続いたようで、楽しいと言える期間とのギャップも相まってなおのこと疲れたのではないかと感じます。
中でも、母親の入院費を稼ぐという決断の裏には、計り知れない程の葛藤があったのではないかと考えています。なにせ私には、母親があなたの抱える疲労との関係性が深い人物に見えたからです。私としては、あなたの心が限界を向かえる程に身を削ること、尽くすことへの疑問を、正直抱いたりもしました。
母親との今後についても、それ以外のことでも、あなたはもっと「疲れずに済む選択」をされていいんじゃないかって、私は勝手に思っています。それから、あなたのお話しをうかがってそんなふうに思う人もいるんだってことは、覚えておいていただけたらなと思いました。