生まれた時から底辺人間
死ぬ勇気がないから、ただ海にただようプラゴミみたいに惰性で生きてきただけ
そんなゴミのくせに、もしかしたら、なんて少しの希望持ってがむしゃらに頑張って生きてみたらキャパオーバーして強迫性障害になってしまった
おかげで周囲からはキチガイ扱い
プライベートもすこぶる調子が悪い
頑張っても頑張っても頑張っても、なかなか報われないね
泣いても泣いても泣いても悩みは解決しないし、目が腫れるだけでさ
あんまり泣きたくはないんだけれど涙が溢れて止まらないのはなんでなんだろう
誰も助けてくれないのに無駄なことばかりしてしまうね
あいかわらず自分らしい底辺ぶり
死んだってきっと底辺のままで
幽霊になってもずっとどこかを彷徨っていくだけなのだろう
経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
死にたいというより消えたい
感想2
経験談への投稿ありがとうございます。
「生まれた時から底辺人間」と強烈なパンチラインで始まった文章が、なんだか歌の歌詞のようにも読めました。
想像ではありますが、自分の力だけではどうにもならない状況をたくさん通り過ぎてきたのではないかと思っています。苦しみの中でなんとか道を見つけようともがいても、手応えが感じられないことが今も続いているのでしょうか。
「頑張ってもなかなか報われないね」との言葉には、こちらの姿は見えませんが静かに頷いています。つらい経験や頑張ったことが報われる世界であってほしいと祈るように願ってしまいますが、そう簡単にうまくいかない現実に、心の底から絶望してしまうことがあります。
途方もない深い孤独の中で過ごしてきたであろう時間を想像すると、こちらも苦しく、胸が詰まるような思いでいます。
あなたを助けることはできないかもしれないけれど、あなたの切実な声に、しっかりと耳をすませていたいと思っている私がいます。よかったらまたお話を聞かせて下さい。
感想1
経験談を読ませていただきました。文章から、まるで暗いトンネルの中で迷子になっているような苦しさが伝わってきました。私も自分が「ここは底辺だ」と思うところにいたことがあります。そして強迫性障害当事者なので、自分の強迫観念を思い出し、勝手ながらとても共感してしまいました。
文章の中で「少しの希望をもってがむしゃらに頑張って生きて」という一文から、あなたが今まで頑張って生き抜いてきたことが伝わってきました。そして「涙が溢れて止まらない」という部分からは、今の投稿者さんの苦しみを想像しました。
個人的に投稿者さんが思う「底辺」と投稿者さんが思う「報われる」ということがどういうことか、すごく気になりました。また、この社会で生き抜くってすごく難しいと私は思います。自分の今の条件に適した、社会をうまく生き抜くための参考書とかあったら、読んでみたいです。
文章の中から投稿者さんの「誰かに助けてほしい」という声が聞こえたような気がしました。私は、最終的に自分を助けるのは自分だと思うことがあります。「自分を助ける」の私の中での定義とは、誰かに「助けて」と勇気をもって言ってみるとか、自分で自分の一番の味方になるということかなと思っています。(だけど、これらがめちゃくちゃ難しくて、私は今もなかなかできないです。)投稿者さんなりの「自分を助けるとは?」を聞いてみたいと思いました。投稿してくださってありがとうございました。