大学生になるのが怖くて、それでも頑張ったし入学しない選択肢はなくて、受験中も少しの違和感はあったのに。
大学に入ると周りのペースについてけなくて、会う人すべてが怖くて部活入ってもゼミに入っても自己開示できず馴染めなくて辞めて。
それでも楽しもうってバイトして旅して十分すぎるくらいの経験はできた
でも大学から逃げたことへの後悔は全く消えないむしろ増してく
なんで逃げたんだろう資格取得目指そうとしなかったんだろう
もちろん今からでも目指せるけど、1人で頑張るしかないんだ一緒に頑張る仲間はいないんだ
なんで目先の欲を取ってしまうのかもうわからない自分がなんなのかどうなりたいのかなんで努力できなくて中途半端で終わるのか自信無くすってそれで人と話せないってわかってるのに
経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
中身のない人間
感想2
大学という場所やそこで形成される集団に全くと言っていいほど馴染めなかった私としては、根底に感じていたものは似ているけど全く違う選択をとった投稿者さんの気持ちや葛藤にどこか自分を重ねながら読ませていただきました。
小中や高校など、それまでの少なからずレールが敷かれている世界から一転して、勉学やその他の多種多様な活動やオフの時間など、自由度から何から一気に自身や取り巻くものを拡張されるのが大学という場所のように私は思います。
多くの人間や価値観が入り乱れるそれだけの規模と空間では、当然合う・合わないが出てくるものだと思いますし、母数が多い分だけそれぞれがとる選択肢が変わってくるのもある意味で自然な気がします。
そんな中で投稿者さんが続けることよりも辞めて、(学生ではなくなったのかもしれませんが)自身を充実させるためにたくさんのバイトをして十分すぎるぐらいに知らない世界を見て回ったということにはそれだけで価値のあることのように私には思えました。
私自身は「全く合わない・馴染めない」という感覚をハッキリと持っていて孤立していながらも、辞めるという選択肢を取れずに「ただ大学に4年通った人間になる」ことしかできませんでした(突然自分語りをすみません。。。)。ですが、今になってみればそれでよかったとも心のどこかで少し思えますし、それで言うと惰性にしても何にしても、「自分で選んで決めた」、それが大切なのかもしれないとも言える気がします。
どこで、どんな瞬間に、自分が経験してきたことが活きるかわからないのが人生だと思います。それで言うと、少しの回り道や後悔があるのかもしれませんが、「自分で選んで決めたこと」には言葉以上のものが宿ると私には思えるので、これから先の人生でそれらの経験が何かを形作ることもあるのかなと思いました。投稿ありがとうございました。
感想1
既存の「大学生」という型に思うように馴染めず、けれどそこから方向転換をしてあなたなりの暮らしを積み重ねてきた様子が伝わってきました。大学生という時期は、その時々で大人として扱われたり、そうかと思えばがむしゃらさや”学生らしい”行いを求められたりと、社会からのまなざしとアイデンティティのバランスがとても難しかったような気がしています。どんなふうになってもいいはずなのに、「正解らしき型」や「学生としてパスすべきもの」がなんとなくあるように感じます。そうした第三者的な目線とあなた自身の価値観とが絶えずぶつかっているように想像しました。(どちらが良い・悪いということはないと思うのですが)あなたが思い描く「中身」は、あなたの価値観に照らしたときにもほしい「中身」なのか、それとも社会から「中身として認められそうなもの」を指しているのか…そんなことを考えました。