経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

できないのに期待がやめられない

私は昔から自分への期待が強い人間でした。
期待してはできないことばかりで自分が嫌になりました。
高校に入る時、発達障害の子が入るような高校に行った方がいいと言われたのですが、私はプライドからそこに入らず普通の高校に行きました。
しかし通い続けることができず不登校になり、結局通信制高校に転校しました。何かあったわけではありません。周りは皆優しかったです。ただ自分には難しい場所だということを行く前から知っていたはずなのに、自分ならできるはずという何の根拠もない自信のせいで失敗しました。
他にも似たような経験が多数あります。それでも自分に期待することがやめられません。
私は、自分らしくという言葉が嫌いです。この言葉を聞くたびに現状で妥協しろと言われている気持ちになります。
自分らしく生きられる方法はいくらでもありますし、自分らしく生きれば楽になれると知っていますが、それでも私はもっと良くなりたいという思いが捨てられません。
自分に希望を持つのはいいことかもしれませんが、私は自分の期待に応えられません。
こんなことになったのは全て私が悪いと分かっています。さっさとこの希望を捨てて楽になればいいと思いますよね。
どうしたら自分はできない人間だということを受け入れられるでしょうか。

感想1

投稿ありがとうございます。自分に期待することを「良くないこと」「望みのないこと」だと感じて苦しくなっているあなたの姿が伝わりました。私はあなたが傷つくことは気にかかりますが、期待すること自体を悪いことや無駄なことだとは思いませんでした。人が行動するときには、大なり小なり何らかの「結果への期待」があると思うからです。
そう考えてみると、あなたは何かしらの外部的な結果ではなく「自分自身」に期待していて、それによって自分で自分の首を絞めているような苦しさがあったりするのかもと思いました。でも、自分をもっと良くしたい、良くなりたい、という願いは自然な感情だとも感じました。あなたが現状に抱いている不満を見つけ出すヒントにもなると思います。

1つ思ったのは、できそうな・叶いそうな期待から持ち直してみるのはどうかな?ということです。期待を持つのをやめるのではなく、ハードルを少し下げてみるイメージです。いきなり自分が大変革するのは難しいかもしれませんが、グラデーションで変わることはたくさんあると私は思いました。できる・できないの二極はなかなか苦しいものがありますが、物事の中の「これはできた」ポイントを少しずつ増やしていくのは手なのかなあと感じています。私自身の白黒思考や理想と現実に対する捉え方を改めて見つめ直すような気持ちにもなりながら、感想を書かせてもらいました。

感想2

自身への期待の高さに対して、求めるものや自己実現との間にギャップがあり、なかなか思うようにバランスを保てない苦労があるように読ませていただいて想像していました。

個人的に「昔から自分への期待が強かった」ということには何か理由やきっかけなどもあったりしたのかなという思いを巡らせつつ、妥協を許せないともとれるような自身への高い期待はたとえそれが自分で望んでいるものだとしてもかなりのプレッシャーがあるようにも思えました。

ただ、自分が今よりも「より良く、より豊かに」生きていくことを考えるとき、自身に向ける期待の高さを以てして何かを形作っていく、もしくは形になろうがなるまいが目の前のことに臨むことは決して悪いことでも無駄なことでもないように私自身の経験としても感じます。

それは、これまでや現状では何かに結びついていないとしても、何かを始めるきっかけや心持としてはとても大切な気がしますし、「そう思うことによって何らかのスタートを切れていることがあるなら」それだけで意味のあることのような気がします。

(私自身の若年期や20代などを振り返っても思いますが)「根拠のない自信」は、ときにとんでもない原動力や勢いを生み出すものだと私は思っています。それは、歳を重ねて高い目標を持ったり、挑戦することが難しくなっていくことを考えるとどんどん失われていくものだと思いますし、逆に考えると今の投稿者さんにしかない得難いものなのかもしれません。

もちろん、両極端でいることやグレーゾーンを作れないことにはそれ相応の苦しさがあると思います。ですがそれは、今の自分を曲げて初めから自身の中にある程度のラインを設定するのではなく、もしかしたら自分に対して高い期待を持った状態で何かにぶつかり続けていった先に初めて自分の中の及第点や妥協点として自然と形作られるのかもしれません。

今には今の苦しさや省みた方がいいのかもという迷いがあるのかもしれません。ですが、自分の考えや価値観が変化するのには時間やさまざまな経験が必要だと私自身は思うので、「期待と希望を捨てて楽になる」というのは一つの投稿者さんが傷つかないですむ方法なのかもしれませんが、どうせ捨てられない思いがあるなら敢えて攻めに回って「期待を高めて思う存分ぶつかってみる」、そんな自身との向き合い方をしてみてもいいのかなと勝手ながらに思いました。投稿ありがとうございました。

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