経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

うまくいかない

私は学生で研究をやらなければならない。けれどもともと違うことをやりたくて今の研究室は第一志望じゃなかった。けれど人間関係の都合上、今の研究室にした。これまで自分の選択を誰かに左右されることはほとんどなくて、あったとしても最後は自分で納得するかたちで決めていた。だけど今回は仕方なく決めた。そこがネックになっていて気が乗らない。どこの研究室に行ってもきっとそうだ、たらればだ、と思うんだけど研究に気が乗らない。結果が出なければただただ苦しいだけ。他大学との共同研究もやっていて、発表が強いられる。自分の学校に所属している他の学生はそこまで発表は求められない。いい機会だし、これからに役立つと思うんだけど、いまはとても苦しい。私はもう少しゆっくり生きたい。相談することにも慣れていないし、背伸びして苦しい。ここで何もできなければ、これを乗り越えられなければ、今後も何もできない人生だと思ってしまう。

感想1

投稿ありがとうございます。研究に向き合うたびに、かつての自分の選択が思い起こされる、そういった状況なのかなと私は読み取りました。しかもそこに、義務感だったり、人間関係だったり、いろいろなしがらみが絡み合っていると思います。気が乗らないのも無理ないと思いますが、それでもいい機会だと自分を奮い立たせるあなたを見て、状況をなんとか飲み下そうとする姿勢や、確かな責任感を感じた次第です。
背伸びする(しなければならないと感じる)ことが多いと思いますが、時には等身大のあなたの思いを話す機会をもっていただけたらと、勝手ながら思います。あなたの言葉で言う「たられば」話でも構いません、むしろそこから新たな発見があるんじゃないかと思ったりします。またの投稿お待ちしています。

感想2

自分ではコントロールしきれない都合によって今の環境があり、それをきっかけに人生や生活そのもののペース感、自分自身のアイデンティティについてにまで思考が至っている…そんなふうに想像しました。自分の意思で選択し、納得感をもって進む力を持つあなただからこそ、体裁や打算(というと言葉が強いですが)のために何かをする、ということはある意味とても苦痛を伴うのかもしれません。自分の意思と関係なくやらなければならないことがじわじわ迫ってくる現実と、急ブレーキがかかる心のせめぎ合いにしんどくなっているあなたを感じました。

学生時代を振り返って考えてみると、研究は自分の発想や意思をベースに求められつつ、報告や発表のタイミングが決まっていたり、教授の意向があったりと、好きなことをできそうでできない絶妙なやりづらさがあったなあと思います。そこに適応するのも大切なのかもしれませんが、研究をしている人は大概、自分の興味のあることをピンポイントで突き詰めているような気がして、それなら「気が乗らない」はすごく自然なのでは、とも勝手ながら思ったりしました。あなたのペースが何らかの形で保たれるといいな、と感じます。

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