全日制高校を意地で卒業しました。地獄のような日々で、正気では通学できなかったので毎朝何錠も風邪薬を飲んで、精神の感覚を鈍らせて登校していました。薬のせいか真冬でも汗がダラダラ出て、制服が気持ち悪かったのを覚えています。それでも家に帰る頃には薬の効能も切れ、副作用で倦怠感が残る中、ずっと死にたいと思って帰りました。家に帰って腕を切って気を紛らわせていました。何度も死のうとしたけれど、残念ながらその勇気はなかったです。
私は、薬漬けになってまで全日を卒業する意味はなかったと、卒業してかなり時間が経った今でも思っています。ODは今でも辞められず、少し中断すると直ぐに禁断症状が出てしまいます。精神的にもまだかなり依存している自覚があり、正直まだ薬がないと生活が怖いです。高校時代、何度も転学したいと母親に打診しましたが、全日から出るなら中卒で働けと言われ、その覚悟は私にはできませんでした。
SNSで見るODの批判が苦しいです、私だってどれだけ馬鹿なことをしているか分かっています、心から辞めたいと思っているのに、もうずっと辞められない
SNSを徘徊していると、たまに不登校の子の親の投稿が目に入ります。皆さん子供に転学させるか否か悩んでいたり、転学がもう決定しても全日の方が良いのではと葛藤している様子でした。
本当にお願いだから転学させてあげてほしいと心から思います、お金も時間もかかるのはわかります。でも、身も心もボロボロにしてまで全日を卒業して得られたものは何もありませんでした。自傷行為に依存するくらいなら絶対に転学した方が良かった、いつ依存から抜けられるかも、肝臓や腎臓にどんな影響が出てくるかもまだ何も分からなくてずっとずっと怖いです、こんな地獄に来る必要はないです。ただ、私は薬の力がなければ卒業出来ませんでした。ODなしで卒業できていた未来が全く見えません。そのぐらい依存していました、今でもあの時転学できていたらここまで依存することは無かったのに、と何度も思います、高校辞めたかったな
経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
高校を辞めたかった
感想2
卒業してからもなお、「高校を辞めたかった」と強く願う様子にあなたの本音の深いところが叫んでいるような気がしています。そこには、あなたが卒業をしたという結果ではなくどう過ごしたのかというプロセスを大切にしていることが伝わってきます。あなた自身の希望や意向は叶わず、母親の命令に従うしかなかった無念さや無力感が全体からにじみ出ているように感じています。同時に、命令に従ったけれども、今も「辞めたかった」というあなた自身の気持ちを強く持ち続けていることに、私はあなたの底力も感じます。事実として母親に屈したかもしれませんが、あなたの心は屈しておらず自分の気持ちを保ち続けていることに敬意を抱いています。
ODはあなた自身の気持ちを保つための生存戦略であると私は思いました。現実に屈しないための武器だったと思いました。苦しみを理解できない人が心ない批判をすることは確かに見受けられ、それが当事者をより苦しめているように思っています。こうして、ODで武装をしないと生き延びることができない人のリアルな声がそうした無理解に一石と投じると私は思います。他の依存と呼ばれるいろいろなこともまた、生き延びるためのそれぞれの武装だと私は理解しています。
「高校を辞めたかった」という無念さがこの後、どのように変化していくか分かりませんが、苦しみだけではなく、あなたを動かす燃料のように働くような強さがあると私は思っています。SNSで見受けられる親の投稿への呼びかけも切実に心に響きました。一人でもあなたの呼びかけを見て、何か気付いてくれることを私は願っています。あなたが一人で抱えてきた苦しみを少しでも分かち合えたらと思います。
また、いつでも声を届けに来てください。
感想1
壮絶な高校生活を送っていたことが伝わりました。学校は、生きていく力や知恵を身に着けるために存在しているのだと私は思っています。生きる力を奪う場所であってはいけないと思うのです。通うのは自分自身なのに、親の許しがないと場所を変えるチャンスさえ得られないというのがとても心苦しく思いました。
薬を飲まないと学校に通えなかった、やむを得ない手段だったのだと思います。学校がしんどいのはあなたのせいではないですから、OD依存にいまだに苦しんでいるあなたを責めることは、誰にもできないと思います。
私の身近に、今まさに全日制からの転学を考えている子がいたので、ついこの投稿が気にかかりました。
転学先の選び方などその子と一緒に考えるにあたって、全日制からの転学について調べる機会がありましたが、心理的なハードル以前に、ハード面でのハードルを感じました。全日制間での転学は推奨していない自治体が多くそもそも稀なケースだったり、通信制は学費が高かったり、全日制以外では部活動の選択肢がかなり限定されるなど、選択肢が限定されていると感じました。
しかし周りの大人が一番に気にしているのは、やはり学歴のことなのかなと思います。(私は保護者ではないので、客観的に感じたところです)全日制が普通だから、通信制や夜間部だと将来不利になる、というような反対の意見があったようです。
進路や学業についての親子間でのギャップについて聞くたびに、いろいろな思いがこみ上げます。嫌がることを強要すること、安全に退避する選択を許してもらえないことが、どれだけ人を苦しめるか。進路のために現在を犠牲にして、果たして望む結果が得られるだろうか?そもそもそれは誰が望んでいるものなのだろうか?健康を害してまで得る価値のあるものなのだろうか?と…。
「身も心もボロボロにしてまで全日を卒業して得られたものは何もありませんでした」という、経験者であるあなたの言葉に重みを感じます。学業に関わらず、何事にも日頃から考えていたことですが、「何をするにも体が資本だということ、その体は壊れやすいものだということがもっと世に理解されて欲しい」という思いが、投稿を読み、よりいっそう強くなりました。