社会人になり、そこそこ給料のいい会社に入り、お金に余裕ができて投資を始めるようになった。初めの頃はうまくいき数十万円が1000万円にまで増えた。明らかに無理なペースで増やしていたので1000万円は一瞬で無くなってしまった。だが、1000万円まで増やした経験が自分にはセンスがあるんだと自惚れ、取引を繰り返しているうちに、負けてもまあ1000万まで増やした実績あるから取り返せるな。と周囲にお金を借りてまでやるようになった。完全に頭がおかしくなっていた。現状は消費者金融、同僚、友人、家族、あらゆるところからお金を借り、借金が1000万円近くまで膨れ上がってしまった。期日通りに返せず、みんなからの催促の連絡、副業もやりながら毎月返済を進めているが、あまりの額の大きさに先が見えず、毎晩今後の人生に絶望して過ごしている。完全に自業自得で私以外誰も悪くない現状がとても辛い。みんなが俺のために余裕が無い中で貸してくれたお金を失い、信頼を裏切ってしまった。頼ることのできる人たちを自分の行いで失い、自分のクズさ加減に嫌になる。家庭環境、育った環境、何一つ悪いところはなく、完全な自業自得に心が潰れそうになる。借金を返しきるまでは死ねないと思っているが、正直すでに限界が近い。こんな話、誰に話しても自業自得だろ死ぬ気で働いて返せよってなると思う。誰か1人でも味方はいないのかなと思うが、いるわけもない。その味方を全員裏切ってきてしまったから。
経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
借金苦
感想2
1000万円を手にしたときに得た感覚が、投稿者さんの判断を「大丈夫だろう」という自信の方向へ歪ませていったのだろうかと感じながら読みました。そして「負けた(減った)」ときにそれを取り返す方法も投資以外にないくらい大きな金額を費やしてきたのかな、「途中でやめる」ということが難しい心理がきっと自分の手に負えない部分で働いてしまっていたのかな、といろいろなことを想像しました。自分で退路を断ってしまったというような絶望感が伝わってきます。
お金の貸し借りと人間関係のつながりについて考えてみたとき、投稿者さんが失ったのは「信用」なのか「信頼」なのかと、私はその違いについて気になってしまいました。簡単にいうと「信用」はこれまでの行い、「信頼」はこれからの行いを理由にした委ね方のようです。投稿者さんの周りにいる人はどんな人なのでしょうか。何をもって「味方」なのでしょうか。窮状に対して酷な質問と思われてしまうかもしれませんが…人間関係は「借りたお金を返せないからもうおしまい」という話ではないように思いますし、行為や状態に関係の行く末をゆだねず、「自分が相手をどう思っているか」に向き合うことが、投稿者さんが一人きりにならないために必要なことなのかなと私は感じました。
感想1
自分の判断だったし過去は戻せないという現実を、何回も何百回も傷に塩をすりこむように考え絶望する。眠れない夜を過ごし、ただただ抱えたままで良いのかどうかもわからない。心が窮地に追い込まれると周囲にも打ち明けられなくなるそんな経験を現在進行形で私もしており、背中をさするように「わかる」という言葉がついて出てきました。苦しく辛い状況を綴ってくださり、ありがとうございます。
危機的な状況になった時にその起こった状況への現実的な対処とは別に、後悔の念に押しつぶされそうになり自分を信用できなくなる、軽蔑を向けられていると思い周囲を信用できなくなる、そんな二次的ダメージが大きいような気がします。そして心配の向け方も人によって様々で、それもまた悩みのひとつになってくるのではと想像しました。心身ともにフル活動で苦しいところではありますが、食べて寝るは忘れて欲しくないと願うばかりです。投稿いただき、ありがとうございました。