経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

大学受験

最難関大学を目指していました。小学生の頃から憧れ続けて、その大学出身の憧れの人もいて、その為に頑張っていい高校に入りました。でも、努力出来ない自分に疲れて、死にたくなって、気づいたらうつ病になっていました。高校3年の夏のことでした。うつ病の奴が最難関大学なんて目指せるはずもなく、最終的に受かったのは第6志望の私立大学でした。悔しいとかそういう気持ちはほとんどなく、ただ、終わったと思いました。長かった受験が終わって、同時に私が憧れていた道に進める可能性も終わりました。同じ高校の友達はみんな国公立の大学に入って親孝行してると思うと、高い学費を払わなきゃいけない親に申し訳なくて、死にそうです。あの時私がうつ病にならなければと思うと、本当に苦しくなります。もうこの人生、この後悔を背負って生きて行かなければならないと思うと死にたくなります。

感想1

目標のために研鑽を続けてきた中で「うつ病」という怒りの矛先を向けようの無い存在によって目指していた道を諦めなければいけなかったことは、悔んでも悔み切れないものだったように文章を読ませて頂いて感じていました。

最難関大学を目指すにあたって、そこにかけた時間や努力は相当なものであっただろうなと想像しています。それは「いい高校に入る」だけではなく、周囲が思い思いの学生生活を過ごしている間にも、時間やエネルギーを勉学に惜しみなく費やさなければいけないものであったのではないでしょうか…?ただ、「努力出来ない自分に疲れて」とありますが、それはむしろこれ以上ないぐらい全身全霊であなたが打ち込んできて、うつ病という形で心と身体が悲鳴を上げるまで文字通り「努力を続けてきた」ことの裏返しであるように私には思えました。

また、「終わったと思いました。」という言葉が印象的に感じましたが、それは目標への道が閉ざされたことであるのと同時に、もしかしたら“受験のために終わりのないマラソンに身を投じなければいけないことが”「ようやく終わった」という安堵の意味でもあったのかなと私には感じられました(違っていたらすみません…)。

本意ではない進路に進まなければいけなくなったこと、そのために学費の面で親に負担をかけてしまうかもしれないことなど、折り重なる状況に今はつらい気持ちも強いのかもしれません。ですが、どこの大学に入るかでその後の人生の何もかもを左右されるものではないのが人生の奥深さや(よくもわるくも)難しさだと私自身は思っています。

後悔の念はもしかしたらなかなか拭いきれるものではないのかもしれませんが、まずは長かった受験を走り切った自身の心と身体を労ってほしいと思うのと同時に、「勉学としての進路」ではなく、「人生としての進路」にゆっくり思いを馳せていく、そんな時間があってもいいのかなと勝手ながらに思いました。

投稿ありがとうございました。

感想2

病気を抱えながらの受験は、周囲が思っている以上に辛く大変なことだったと思います。何度も読む中で、「長かった受験が終わり」という言葉の重みを感じます。目標や憧れが見えなくなった今、頑張ってきた自分は一ミリも思い出すことが難しく、ご自身を責め続けていることと思います。

長い間、自分自身も周囲も「最難関大学を目指している子」として、それにそぐう生活をしてきたのではと想像しました。物事の選択や決断の主語には、多くの場合これが無意識について回っていたのではないでしょうか。やじろべぇのように、あなたなりのバランスを取りながらこれまでやってこられたのだと思います。

親御さんへの学費の負担の申し訳なさ、同級生への何とも言い難い感情の行き場、あなたの心模様をなぞっていくとただただ共にうなだれることしかできません。ノンストップで走り続けてきたかと思います、どこかで停車し燃料補給してくれることを願っています。投稿いただき、ありがとうございました。

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