経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
こんにちは。前の会社〜今の会社、現在について書きます。
前の会社は新卒10ヶ月でやめて二ヶ月後に入った会社でした。仕事内容は向いてたけど..でも一年後あることがきっかけで辞めました。
前の会社は助け合い名目で営業部所属でも総務経理、貿易部の電話も出れる人がいないと出ないといけませんでした。
私がとることが増えると、〇〇さん(書いてる私)が取ってくれるからと、
だんだん本来とるべき人が偉い人いないと取らなくなったり、
私が午後半休で夕方の研修休むと、勝手に電話止まりました。というのも、研修中も私が研修受けながら電話取ってたのが当たり前になって、誰も出れる人がいない出たくないになっていました。
この電話の件を直属の上司に相談したら、
そんなに不満?自分勝手だ、今後やっていくか考えないといけないと圧力をかけられました。
結果、私は追い出されるように辞めました。
私は辞めた後あるポットキャストにハマりました。
そこで「拾わなくても良いボールは拾わない、落ちてますよーって言うだけで良い」という内容が出てきました。
あー、そうだなって辞めてから思いました。
ちなみにAIにこの件を話してみたら、
「ちゃんとやる」だけじゃなくて、「ちゃんとやりすぎて、それが当然にならないようにする」ことも仕事の一部
とのことでそうだよなって思いました。
辞めた後、元々ADHDもあったので障害者雇用にしようとなりました。
公的な支援機関にお世話になり、
通所中は自分のキャパを伝える練習をしました。
まず、30分でこれは最大何件処理できると計測して、
でも少し余裕もって少なめに伝えて、
もし時間が少し余ったらトイレ行く、整理整頓する、まとめるなど、負荷の少ないことをするみたいなことです。
そして、辞めてから半年で内定、九ヶ月後に今の会社に障害者雇用として入りました。
今は通所で練習したキャパを伝える、キャパを調整することを活かして、
また会社が私のことを理解してくれているので嬉しいです。
拾わなくても良いボールは拾わない、落ちてますよー、
今はそれをしてます。
というのも、新人入ってきたけどその人サボりがちで寝たりお菓子禁止時間に食べたり私物スマホしたりしてます。
でもそれも前の私だったら監視したり逐一リーダーに言ってたかもです。
でも日報に一回だけ匂わせして落ちてますよーくらいにしておいて
あとはリーダーに任せてます。
他の人からしたら当たり前かもだけど私からすると昔と違うことしてる感あります。
前の会社は全体的に職域やプライベートとの境界線が曖昧だったけど、
今の会社はかなりしっかりしてるのでとても楽です。
拾わなくても良いボールは拾わない、落ちてますよー
このとりぱーくを見てる人はやるのが難しかったりする人多いかもかなって思います。
一度引き受けたことを、ずっと引き受け続ける義務にしない、
「今日は私が拾います」はあっても、
「これからも私が拾うものです」にしない、
当たり前のようで当たり前にできない人が多いのかもです。
長々となりましたが、読んでいただきありがとうございました。
このとりぱーくがあるとホッとする自分がいます。
これからも続いていってほしいです。
感想1
私も周りのことが気になりすぎて気づいたら自分のキャパシティを越えた行動をして疲れてしまうので、ボールの言葉を知れて救われるような気持ちでした。そういえば大昔に所属していた学級崩壊したクラスの全てが気になりすぎて、気になること全てを解決しようとしたら「あなたは警察じゃない」と親に言われたことがあります。そのときは発生する諸問題が私のHPを削りすぎていて、それをどうにかしないことには生きられなかったので、言葉を受け止めることはできませんでした。「私が解決しないと、じゃあどうするんだよ」と躍起になっていました。
今思えば、その時の私自身の切実な気持ちも分かるし、親の言葉も理解できます。「誰かを頼れば良かったんだな」と思います。でも、当時の幼い私にはそのやり方が分からなかったし、周りに頼れそうな人もいなかったので自分で頑張るしかないという気持ちになってしまったんだなと振り返りました。
とにかく身近な問題を報告できる人がいるというのは幸いなことです。ただ、それの問題を自分が直接対処しなければならないと思わず、ただ「こんなことがありますよー」と言うだけで十分であると思います。境界線の薄さから、組織の問題を自分の問題にしないことは難しいけれど、あなたのように少しずつそんな方針に慣れていきたいなと思いました。
これからも、あなたに合った過ごし方を続けていってほしいなと思います。ぜひこのサイトを含めた色んなものに頼って、自分を大切にして毎日暮らすことができたらと感じました。
感想2
ボールの比喩を印象深く読みました。私も会社などでの「この人(私)はこれをこうやってくれるはず」の意識と、実際の自分のできることの食い違いで悩んだり適応障害になったりしてきたので、自分と重ねながら状況を想像していました。私自身もADHDと診断されているので、それも関係していると思うのですが、私の場合は「一度できたことがいつでもできるわけではない」というパフォーマンスのムラが生じてしまいやすかったのと、そもそも自分がどこまで抱えられるかをあまり把握できていなかった中で、難しいことが多かったなぁと思っています。
あなたの電話の件は「不満」とか気持ちの問題というより、あなたの切実な「困り事」だったのではないかと思うのですが、それが重要視してもらえなかった状況があったのかなと思いました。
「落ちてますよーって言うだけで良い」というのにはなるほどなぁと思いました。私はそもそもそんなにキャパがある方じゃないので、周りのボールを率先して拾うタイミングがあったかは謎なのですが、自分で抱えるのではなくてまずコミュニケーションをとる方がシンプルに落ち着くことはたしかに多くありそうです。
キャパを伝える練習というのもかなり実践的だなぁと思いました。読んでいると、あなたはきっと頭でどういう意味があるのか納得して取り組むほうが効果的なタイプの人なのかなと思ったので、ポッドキャストやAIや通所での練習なども、位置付けを理解したうえで取り組んだのかなと想像しました。また会社があなたの状況を理解して連携を取れているのかなと思うと、本当に良かったと思いました。
文章全体から、あなたが真面目かつ物事をまっすぐ受け取る人だという印象を受けています。全員に適用できる法則じゃなくても、自分を理解して自分に合った法則や取り組み方を見つけていくことは、ADHDのような神経発達マイノリティにとっては大事なことなのかなと個人的には思っています。そういう実践をあなたは重ねてきているのだろうなとも思って、心強い気持ちになりました。仕事や日常の中で、あれ?と思うことや困ることなどはこれからもあるかもしれないとは思うのですが、身につけてきたものやポッドキャスト、それからとりぱーくなど、さまざまなリソースも活用していってもらえたらと思います。
感想1
私も周りのことが気になりすぎて気づいたら自分のキャパシティを越えた行動をして疲れてしまうので、ボールの言葉を知れて救われるような気持ちでした。そういえば大昔に所属していた学級崩壊したクラスの全てが気になりすぎて、気になること全てを解決しようとしたら「あなたは警察じゃない」と親に言われたことがあります。そのときは発生する諸問題が私のHPを削りすぎていて、それをどうにかしないことには生きられなかったので、言葉を受け止めることはできませんでした。「私が解決しないと、じゃあどうするんだよ」と躍起になっていました。
今思えば、その時の私自身の切実な気持ちも分かるし、親の言葉も理解できます。「誰かを頼れば良かったんだな」と思います。でも、当時の幼い私にはそのやり方が分からなかったし、周りに頼れそうな人もいなかったので自分で頑張るしかないという気持ちになってしまったんだなと振り返りました。
とにかく身近な問題を報告できる人がいるというのは幸いなことです。ただ、それの問題を自分が直接対処しなければならないと思わず、ただ「こんなことがありますよー」と言うだけで十分であると思います。境界線の薄さから、組織の問題を自分の問題にしないことは難しいけれど、あなたのように少しずつそんな方針に慣れていきたいなと思いました。
これからも、あなたに合った過ごし方を続けていってほしいなと思います。ぜひこのサイトを含めた色んなものに頼って、自分を大切にして毎日暮らすことができたらと感じました。