経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

後悔

人生にとても後悔してる。
中学は不登校、高校は中退、大検を取るも大学ではろくに勉強もせずに論文も読書感想文レベル。親や周りの人に酷いことをたくさんした。
努力をしなかったせいで辛いことや耐えるべきことに耐えられない。何かを深めることができない。仕事が続かない。
親の金で専門学校に行って、才能もないのに専門職に就いてしまって、40目前にして限界を感じて転職したくても潰しが効かない。
いじめにあったとかではないのに不登校だった中学時代。それが楽しい、人にウケると思っていた馬鹿。中退した高校時代。クラスで浮いてて居た堪れなかった。勉強しなかった大学時代。勉強したいことがそもそもなかった。サークルにばっかり行ってた。地に足つけて将来について考えたことが全然なかった。
みんなちゃんと考えててすごい。自分の軸を持って一つ一つ積み上げてる。私はひたすら楽な方や見てくれがいい方に行って、社会にぶち当たって職場からパージされて、「鬱になった」と言えば救済されると思って通院してる。要するに甘えてる。計画性がなくて馬鹿なだけなのに人に助けてもらおうとしてる。
もっと勉強して、深めたいこと・仕事にしたいことを真剣に見つければよかった。自分が空っぽで生きていても虚しい。評価が得られそうかを基準にして生きてる。だからハードルが無限に上がり続けて苦しい。何をするにも「自分がこうしたい」という気持ちがすっぽり抜け落ちてるし、それがわからなくなってる。
今は無職だから、とにかく仕事を見つけなければいけないけど、年齢的に今の職種でしか転職が難しい上に、転職先でまた失敗したらもう次はない。定年まで失敗した先で仕事をし続けるのが堪らなく怖い。
人生の終わりを自分で決められたらいいのに。人生100年時代って本当にゾッとする。孤独や不安、後悔や惨めさに耐え続けてメンタルクリニックに通う人生。安楽死したいけどこれも甘えで思考放棄。周りへの影響も考えずに死ねば解決すると思っている。そもそも安楽死望んでる時点で救済を求めてるだけ。
でも不安で辛くて、逃げたい、楽になりたい、壁を乗り越えたくない、虚しい、諦めたい、やめたいと言う気持ちが消えない。

感想1

あなたの今の気持ちが冒頭の一言に集約されているような気がしました。
振り返ってみれば後悔ばかり、楽しいことやポジティブなこともあったかもしれないのに、思い出すのは「苦しい」「つらい」そういった感情だったりするんでしょうか。そして都度猛省を繰り返し苦しくなってしまう…「あの時ああしていれば」といった思考は加速するばかり。そういった日々を繰り返すなかで「にげたい」「楽になりたい」そういった思いが湧きあがってくるのは自然なようにも思えるし、なにより「甘えなんかじゃないよ」とお伝えしたいなと感じました。
「自分が空っぽで、生きていても虚しい。」という言葉が印象的で、同時になんとなく私も似た感覚があり驚きもありました。
どんな出来事に対しても、本当にこれが自分のやりたいことなんだろうか…という思いのような、それがはっきりわからないからこそ、決断するための何かが自分にはないと感じるような…なんとも言葉にするのが難しい感情のように個人的には感じています。もしかするとあなたもそんな感じなのでしょうか。

あなたの今もなお膨張を続けている後悔の中に「未練」が入り混じっていたりするのかな…とぼんやりと感じました。何をするにも遅すぎることはないのかなと思いますし、仮に早い遅いがあったとしても、それは行動してはいけない理由にはならないのかもしれないとも思います。
つらいときや苦しい時・不安な時、そうでないときであったとしても、救いを求めることは悪いことではないと思っています。消えない気持ちは定期的に吐き出せたら楽になったりするのかな、と私は感じました。

感想2

自分のことを甘えていると強く責める気持ちが伝わってきましたが、経験談を読んだ私はどちらかというとあなたは甘えるのが苦手な印象を持ちました。そして、あなたにとって後悔のない(少ない)人生とはどのようなものなのだろうと考えています。
経験談にある、例えば中学校の不登校、高校の中退、大学で論文が感想文レベルだったことなど…が後悔の要因なのかもしれません。確かに不登校や高校中退は社会的な評価においてマイナスに捉えられることはあります。でも、本当にそうなのか?という気持ちが私の中にはあります。実際に不登校を経験した人はたくさんいます。私は学校に行けなかった人が弱い人、ダメな人なのではなく、学校という場所の課題や限界もあるように思っていますし、高校中退も一つの選択であり、そんなに悪いことなのか?と思うところがあります。
私が一番印象に残ったのは「何をするにも「自分がこうしたい」という気持ちがすっぽり抜け落ちてるし、それがわからなくなってる」というところです。この表現の背景には「自分のこうしたい」を見つけたい、自分の気持ちを知りたいという強い願いを感じるのです。そして、自分の気持ちや意向が分からなくなっている背景には、ひょっとしたら、気持ちを尊重される機会がなかったのかもしれない、強い圧力によって自分の気持ちを押さえつけてきたことが多かったのかもしれない、何か人知れず我慢をしてきたこれまでがあったのかもしれないと勝手ながら想像しています。
自分の意思や気持ちが分からなくなった時、それを取り戻すことは簡単ではないかもしれません。ただ、あなたの中に願いや後悔があることは確かに伝わってきたので、まずはそれだけでも意味があると私は感じました。あなたにとって少し力を抜いて考えることができる時間や穏やかなひと時が少しでも訪れるといいなぁと思います。

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