私は今仕事を休み、首を切られようとしている 仕事は新卒で入って2か月で休職した屑だ。自分の人生、とりわけ大学での時間はしょうもなかった それを話していきたいと思う
なぜしょうもないのか それはまず、大学でやりたくもない教員免許を取ったからだ 毎日授業に追われる日々 友人たちからはやりたくないことを何でやるのかと何度も聞かれた。
私の人生は親に管理されていた。大学3年にもなって、スクリーンタイムで自由にアプリを入れることすらできなかった。 就活イベントの時アプリが入れられず、企業の人の前で親に許可を取った瞬間ほど恥ずかしいことはない パソコンも、親のおさがりをもらったが、アプリやゲームはダウンロードできなかった バイトで金を溜めて好きなゲームを買っても、ろくにプレイすらできなかった。ゲームしたいから制限解除してくれなんて頼めるわけもない しょうもないことだが、この時点で働いて好きなものを買う喜びは、自分の中で失われた。
そして3年次、就活が始まる。夏休み、親にこっぴどく𠮟られた 大学の成績が悪い お前を大学にやるのは金をどぶに捨てるようなもので意味がない お前がしてきた努力は努力のうちに入らないなど、さんざん言われた そして、後期でGPAを4.0とらなければ大学をやめろなどと抜かしてきた それぐらい努力すれば少しは変わるだろうと その日から死にたくなった 親を見返したいという気持ちもわかない 4年生になったところで就活や教職に追われ、親が言うような意味のある時間は過ごせないと思っていたからだ。
そして母親はそのことを知らないから授業を休んで就活しろなど無責任なことを言う。
大学なんてやめてやろうかとも思ったが、唯一部活だけは楽しかったので、それを続けるためにやった。 部活だけが、僕の大学に行く意味であり、安心できる居場所であり、頑張る意味でもあり、生きる意味でもあった。そしてその部活も4年の6月におわった。とうとう完全に目標が、逃げ場が、生き甲斐が、なくなった。完全に抜け殻状態だった。やりたいことも生きる意味も見いだせない中で、教職と就活に追われる日々。
父親にもう一度怒られた お前は何も変わっていないと 知らない そっちの見込み違いだろう 自分の見る目のなさを疑ってほしかった。
それでも、教育実習を乗り切って、内定を一つとれば楽になるだろうと思っていた。就活であまり親に相談しなかった。したくもなかった。教育実習ではなかなか授業をさせてもらえなかった。父親からはお前が必要とされていないお荷物だからだなどと言われた。
何とか内定を取り、実習も終えた。これですべてが終わる そう思った。
しかし実習を終えた日に、父親に相談せず就活を進めていたことがばれ、𠮟られた。その瞬間、糸が切れ、全てがどうでもよくなり、本当に死んでやろうと思って海に行った。結局怖くなって死ねなかった。
その日からは本当に抜け殻の毎日だった。周囲の人間たちが続々と就活を終え、思い出作りをしている中で、3月までダラダラずっと就活をしていた。卒業式の時すら就活エージェントとやり取りしていた。結局部活の友人たちと思い出作りはできなかった。
3月のある就活イベント、5,6人しか来ていなかったが、そのうちの半分は自分と同じ、中高社会科の免許を取った学生だった。同情せずにはいられなかった。
そして、何の目標もなく仕事をはじめ、2か月で適応障害になって休職した。周りの人たちが、わからなかった。
そして今首を切られようとしている。自分のやりたいことはまだ見つからない しいて言うなら早く死にたい。 自分の思い通りにならないとか、それ以前の問題だった 自分の思いがない。何をすれば自分が満足するのか、全く分からない。
働くこと そして生きることは全くめんどくさい ここまでして生きる意味があるのだろうか
そもそも、これまでの人生は大学合格とか、資格取得とか、内定獲得とか、とりあえずこれをすればなんとかなるというゴールポストがあったから、まだ頑張れた。ただ仕事を休んだ今、そのゴールポストが見当たらない。どこかに就職しても、また自分が潰れてしまうかもしれない。40年も頑張れる気がしない。
皆さんの目から見れば僕は甘ったれた屑に見えるかもしれない、苦労したとは言わないし言えない
だが、こんな屑でもそれなりに嫌な思いはしてきた。その帰結がこれだ 本当にしょうもない。
経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
それ以前の問題
感想2
適応障害は、適応できなかったということではなく、「適応しようとしすぎた」ことで発症するのではないかなと私は思っています。仕事というよりも、これまでの親からの管理支配の中で、ずっと無理をし続けてきたことにその大きな要因があるように文章からは感じられました。高校生までは親の保護下で良いと思うのですが、18歳以上、成人とされる年齢に達した大学生からは、少しずつ選択の自由と責任、失敗も成功も学習する時ではないかなと思います。大学に在学中にあなたが親御さんからされてきたことは、大人としてではなく子供として扱っているような行きすぎた管理や支配だと私は感じました。毒親や虐待とも言える(言葉の)暴力支配が存在していたようにも思います。その管理支配は、’’あなたのため’’ではなく”親が安心するためのもの’’ だったのではないかなあと感じてなりませんでした。
大学以前の中学校や高校の頃も同じように厳しい部分があるご両親だったのかなとも想像しているのですが、先述した通り、大学では一気に自由度が高くなり「自己管理や選択」をそれこそ失敗をしながらも生きてゆくための学習する場所だとも思ったりします。私が高校の時に「大学生になったら、友達と夜更かししたり朝遅く起きたり、飲み会に参加したり、恋人ができたり・・」そんな期待感も大学という場所に抱いていました(現実はそんなに理想のようにはいかないことばかりでしたが!)。あなたも思い描く大学生活があったのではないかな、と思うと、理想と現実のギャップが自分の問題というよりも、親の管理によって生まれる切なさというのはとても大きいものだと思いました。
自分が面白い、楽しいと感じるものがなければとても生きていく気力は得られませんから、あなたにとって楽しく安心できる場である部活があったことには勝手ながら安心と嬉しさを感じます。人生で楽しかったなと思う要素は、案外いくつになっても楽しかったり好きなものなのでこの先も大事にしていてほしいなと思いつつ、そんな唯一のあなたの楽しみがなくなってからの大学生活がいかにしんどく苦しかったかということも思います。
わたし自身、教職課程を履修していたので、一般の学生と比べて授業のコマ数の多さや、興味がなくつまらない授業の単位も取らなくてはならないこと、教育実習の大変さなど身に沁みてあなたの苦労が伝わってきます(就活の時期とも被るのがとんでもない)。教育実習や最終試験などは本当にお疲れ様でした、よく頑張ったと言いたい・・。
教育実習中や就活中に、あなたの父親さんが放った言葉に驚きを隠せません。人の自信も、やる気も奪い、不必要に人を傷つける言葉だと思います。人としてそんなことを言うのはどうかなという気持ちにまでなります。親子であっても、対等な他人同士だとわたしは思いますから、あなたの尊厳を奪ったり人格を否定する権利は誰にもないと思います。言われたあなたの問題ではなく、どちらかというとそんな言葉を言ってしまう親御さんの問題であることも大きいと思うのです。
わたしは親御さんの人生は親御さんの人生、あなたの人生はあなたの人生だと思います。だからこそ、就職も休職も、これまでの、この先の、あなたの選択を全て尊重し、肯定したいとわたしは思いました。そして、ここまでこれたのは紛れもなくあなたの力です。
個人的には、親御さんの近くでは、物理的にも精神的にも圧迫されてしまうような感じがしたので、親元を離れて(もう離れていたりするのかな)、あなたが安全を感じられる距離をとりながら、親を頼らずに生きてみるということをステップにしてみてほしいなと思ったりもしました。本当の意味での自由と責任を楽しめるのはそこから始まる気がしています。
もしもまた行き詰まったり、整理が必要な時にはいつでも書きに来てほしいと思っています。
感想1
経験談読みました。あなたは経験談の中で自身のことを卑下していますが、私はあなたやあなた自身の人生に対してしょうもないとは思いませんでした。親からしんどくなるようなことを言われても、懸命に生きてきたあなたの軌跡を感じ取りました。
あなたはずっと親からプライベートなどを管理されたり、辛くなるような言葉を言われたりなど、苦しいことがたくさんあったと思います。言い換えるなら、あなた自身の気持ちや考え、行動を尊重されてこなかったのだと私は考えました。
自分ではきっと「こうしたい」「ああしたい」という想いはあったのかもしれませんが、尊重されないことが続くと、心身ともに疲れてしまったり、「どうせ何しても無駄」という学習性無力感を抱いたりしてしまいそうです。「親を見返す気力がない」という部分はまさにそんな状況を象徴しているのかな?と感じました。
あなたの経験談を読んでいて、私の後輩のことを思い出しました。その後輩から聞いた話ですが、親がその子のスマホにGPSを入れていて、その情報をもとにバイト先に突撃してきていたようです。研究室のみんなでご飯を食べているときにその話になり、その子は同期の子から「GPS取っちゃえば?」「反抗しないの?」などと尋ねられていました。その子は「そういうことすると、叱られて面倒なことになるんだよね」と言っていました。
そういうふうに、一部の人からしたら「親なんて関係ないよ、あなたの人生なんだから」と感じられるかもしれませんが、あなたもその後輩のように、「親に従わないと怖い」「叱られる」「認めてもらえない」とか、そんな気持ちを抱いているのでしょうか。
幼い頃からそういった状況だと、今の状況が当たり前すぎて、自分がどうしたいとか、判断したり決断したりするということが一体どういうことなのかが、よく分からなくなってきそうです…。
あなたも友人から「やりたくないことを何でやるのか」と尋ねられていたと思うのですが、一体どう答えたんだろうと思います。その時に、誰かに相談したのかな、と。誰にも言わず、一人で抱えていたときも、これまでの人生であったのかなぁと思いました。
「それ以前の問題」として「自分の思いがない」と書かれていたと思います。私は、本当はあなたには思いがあるんだと経験談から感じました。「本当は教員免許を取りたくなかった」「バイトで稼いだお金で買ったゲームで遊びたかった」「部活が楽しいから部活に行きたい」「部活の友人と思い出作りをしたかった」といった気持ちが、本当はあったんじゃないかなと思いました。
たぶん、ずっとそういう気持ちはあったけど、思いが理不尽に感じられる理由で叶わないことが多く、疲れてしまったり、感情が麻痺してしまったりという状況なのかなと感じました。
そう考えると、「これで全てが終わる」と思っていたのに、追い打ちのように父親から叱られたことは、あなたにとっては結構大きなことだったように感じられます。「もう頑張れないよ」という叫びが聞こえてきそうです。
やりたいことって大きなことじゃなくてもいいと思います。私はあなたとたぶん同年代だと思いますが、私は今「妖怪ウォッチ」というゲームのスマホ版をやるのが楽しいです。「部活のどんなところが楽しかったのか」「どうしてゲームをしてみたかったのか」を尋ねてみたい気持ちです。そして、無責任かもしれませんが、何もやりたくなかったら休んでいいんじゃないかと思いました。もし、また何か吐き出したくなったらぜひ死にトリに来てください。