経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

生きていたくない

医学部5年生の時にうつ病を発症し、6年生で休学してなんとか国家試験に合格して去年の4月に研修医になりました。研修医始まって2ヶ月で調子が悪くなって休職してしまいました。研修医を2年で終わらせるために休める日数が決まっていて、それを超えないようにそんな調子は良くなかったけど2ヶ月で復職しました。その後も調子良かったり悪かったりを繰り返して、秋ごろに双極症に診断が変わりました。年末から年明けにかけてすごく調子が悪くなり、自殺企図をしてしまい、再休職。入院も1ヶ月強ほどしました。4月終わりから復職して当直は免除してもらいながら働いています。最初は調子良かったけど最近また希死念慮が出てきています。何をするのもめんどくさい、将来のこと考えてもまた調子悪くなって休むんじゃないかと不安、直近に迫っている救急ローテ、当直してないから周りに引け目を感じること、いろんなことを考えてたら死ねば全部考えなくてよくなるのにと思って死にたくなります。医療現場だからそれなりに頑張って勉強したり気を張り詰めていないといけないのもしんどいです。今は前みたいに毎日大泣きしたり自殺企図したりはしてないから、そんな大して辛くないんだろうなとは思うけど、毎日朝起きるたび絶望して頑張って家を出て職場に行ってます。職場でも本読もうとしても全然頭に入らなくて何したらいいかわからなくて結局トイレやロッカーにこもってスマホ触ったりすることもあります。他の研修医はみんな頑張って勉強して手技とかもどんどんできるようになっていくのに、私は何もできないし知識も全然ないし、病院で雇ってもらってる価値がないです。劣等感でいっぱいです。医者を辞めた方がいいのかなとも考えるけど、受験を含めたら10年くらいの労力がかかってるから親にも申し訳ないし簡単には辞められません。医者でなくてもこれから40年近く働き続けるのかと思うと本当にうんざりしてしまいます。楽しく働いている人なんて少数だとは思いますが、なんで大半の人は嫌な仕事に耐えられるのか理解できません。友達と会ったり趣味の楽しいことは一応ありますが、それのために生きるというほど強くはありません。今は一人親友がいるのでその子と親を苦しませないために自殺は思いとどまっています。とにかく早く死にたい、楽になりたい。生きていて健康な限り働かないといけないし、生きてること自体がめんどくさい。生きるために働くけど、生きていたくないならなんで働かないとダメなの?って思います。2回目の休職の時に転職も考えたけど、特にやりたいこともできることもないし結局元の病院で研修医を続けることにしてしまいました。転職にも気力がいるし。
一方で、私には家族もいるし友達もいるし働いてお給料をもらえているし、恵まれた環境にいるんだから文句も言っちゃいけないなとも思います。こんなことで死にたいのかと怒られてしまうかもしれません。でもだからといって死にたい気持ちが消えるわけではないし、頑張らないといけない事実はあるわけでしんどいです。どうやってこの先、生きていけばいいのでしょうか。生きていないといけないのなら楽に生きられるようになりたいです。

感想1

経験談への投稿ありがとうございます。気を張り詰めているような状態がずっと続く中で、息ができないような苦しさがあるように感じました。休職と復職を繰り返し、職場に配慮をしてもらうことの中で、休むことのハードルがどんどん高いものになってきていることと同時に、あなたの逃げ場がなくなっていくような心境にいらっしゃる様子を受け取りました。

また休むことのハードルだけでなく、ちょっとした時間にも気を抜いた姿を見せられないようなあなたの日々も感じました。「トイレやロッカーにこもってスマホを触ったり」と書かれたところから、患者さんの前だけでなく、職場の人の前でも気を張っていらっしゃるイメージが浮かんできます。自分の理想と現実のギャップの中で、人前では常に自分ではない誰かを演じているような緊張感が伝わってくるようでした。

死にたいという気持ちになるまで追い詰められたり、気を張り詰めるような日々がいつ頃からだったのかなあと気になります。学生の頃からだったのか、それよりももっと前からあなたの中にあったのだろうか。やりたいことやできることがないと、ずっと思ってきたのだろうか。追い詰められるような気持ちの裏側に、本当のあなた自身が抑圧されてきた時間が同時に横たわっていることも思います。語られなかったこれまでの中で、どんな風に今のあなたが形成されてきたのか、もう少し聞いてみたい思いになりました。

少し話は変わりますが、私の友人に、医者になることを蹴って好きなように生きている人や、公務員の内定を蹴って暮らしている人がいます。自由で面白い人だと私は思うのですが、やっぱり違う道を選択するのも葛藤があったのではないかなと思います。他者や両親からは惜しがられたこともあったろうなと感じたり。そこに至るまでにかけた時間や労力や金銭、周囲からの期待値がそうさせるのでしょうか・・。

今のその人自身のその時々の選択が尊重されるべきだし、前向きな理由であれ消極的であれ、健康で安全で自分が良いと思える日々やその人自身の方がずっと大事なことなのになと思います。どんな選択をしても積み重ねてきたこれまでが無駄になるなんてこともありません。

あなた自身の健康や安全が大切なことだと、改めて思います。これまでの勉強や研修医としての時間も、あなたの心と体のために休学や休職という選択や相談してきたことも、どちらもあなたの力だと感じました。そして、死にたい気持ちも今のあなたの辛い状況からあなた自身を助けたいという、あなた自身の気持ちでもあるように感じられました。

書き出してくれた、あなたの今のしんどさや死にたい気持ちをまるごと受け止めながら、あなたがもう少し楽に呼吸のできる環境や生き方を、少しずつでも一緒に整理しながら、模索したい気持ちでいます。

感想2

投稿ありがとうございます。
「なんとか国家試験に合格して」の”なんとか”も、相当しんどかったのではないかとまず想像しました。休める期間が決まっていたりするということ自体にもプレッシャーがありそうですし、あなたにとって本当はもっと休み期間は必要なはずなのに、それをとることができず、そして休むこともできず、しんどさもじわじわと長続きしているようなイメージをしています。私も双極症があるので頷きながら読みつつ、自殺企図や希死念慮のお話も勝手ながら共感する部分がありました。短期間の内に休職⇆復職と繰り返すのも、あなた自身が気付かないような、見えない精神的ダメージもありそうだなぁ…なんて感じた私がいます。「また調子悪くなって休むのでは」という不安って、すごく不安かつ重いもののような体感が私はあって、『またああなったらどうしよう…』となるだけで本当に調子がどんどん悪くなっていく感覚もあるというか、これから先の想像を真っ暗にさせてくる、とても厄介なやつだなと私は思っています…。周りに引け目を感じる感覚も、私は似た経験があり、また頷いてしまいました。本当にもう色々と不安や恐怖が常にまとわりついていて、心も張り詰めていて、『死ぬことが救済としか思えないくらいに追い詰められてるんだな、自分…』と、私の場合はそう感じている自覚があり、あなたも似た感覚なんじゃないだろうかと、勝手ながら考えてみました。医療現場だからこそのしんどさもあると書いてくれていましたが、毎日泣いてなくても、自殺企図がなくとも、しんどいものはしんどいし、多分いまはなにか別の形で苦しさが出ているのではないだろうかと考えました。毎朝の絶望や、本の内容が頭に入らないのも、その一つだと私は思いました。つらさの部分は、”〇〇してないから私はきっとつらくない”ではなく、自分でも自覚がなかったり、人それぞれ様々に形を変えて”つらさ”として出ているんじゃないかと私は考えているところがあるかもしれません。また、ロッカーにこもってスマホを見るのは、無意識のうちにあなたが自分を落ち着かせようと・ストレス源から離れようとしている行為に私は見えました。
悩み、葛藤しながら、辞めるべきか考えることや、長い時間を費やしたこの期間を思うと、自分に対してだけでなく、親に対しても申し訳なさが出るあなたの苦しさを想像しました。人の想いまで背負ってしまっているような感覚があるのでしょうか…。私も、『働き続けねばならないのか』と考えると、心の底から絶望しています。働けなくなったら、日本にある福祉制度を使うという考えはありますが、それにしてもこの社会は働くこと前提でまかり通っている気がして、恐ろしいですし、先を見ることに希望がないな…と正直なところ思ってしまう私がいます。思いとどまることはあれど、死にたい気持ちは変わらないあなたのことを思いましたし、なによりも、今、この瞬間から解放されたい…そんな風に想いが伝わってきた気がしました。
恵まれているとか、そうじゃないとか、つい私も考えてしまうのですが、死にたいと言わず耐える必要はないと思います。死にたい・つらい・苦しいは、どこにいようと自分が感じている事実である、と思うのと、それを他者が否定する権利などは、何もないとも思います。
普段本当の苦しみをなかなか外に出せず、抱え込んでいるのかなぁとも思いました。ここで本音を出せるのであれば、書ける時にまた出してもらえたら…という気持ちです。

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