私は適応障害で、性別に少し違和感をもっています。兄は統合失調症です。
私は高校を転校しました。原因は勉強についていけなかったことといじめを目撃したこと、スカートを履きたくない私の性別の悩みによる引きこもりです。私がされたことはせいぜい仲間はずれや陰口のみでした。いじめられている子は空気を読むのが少し苦手なようで、それを発端として卑猥な言葉や陰口をたくさん言われており、仲間はずれにもされていました。私は周りの子の顔と名前を覚えるのが苦手で、先生に報告する際も「誰かわからないけれど、クラスの坊主の子たちと◯◯さん」としか伝えることができませんでした。ちゃんと助けることができませんでした。大学生になりました。私はたったの1年で大学を中退して、現在はフリーターです。精神的になんだかまいっていたのです。何が原因なのか、私は考えました。私が精神的に弱っていったのは中学3年生の頃から。受験もあり、やはり精神的に辛かったのでしょう。しかしもう一つ、恐らく大きな要因があります。その頃は丁度私の兄が統合失調症になり始め、調子を崩した頃だったのです。兄はその頃からEDMのようなドンドンする音楽を大音量で聴き始めていました。一度だけ外出した際に警察に補導されたこともあります。怒鳴り声も聞こえました。そして1度、兄は自殺未遂をしました。兄が救急に運ばれ、家に残る私と姉の2人で寝る時、泣いている姉の手を握りながら中学3年生の私はこう思いました。「ずるい。俺も死にたいのに」さて、話は変わりますが現在私はフリーターです。そして私は今、女性としての自覚を持って生きています。しかしこれは、女性らしく生きるという意味ではありません。私はいつからか心は男性だと感じて生きていました。多くの男性の方が着るような服を好み、行動を好み、胸や女性らしさを心底嫌いました。手術しようと考えていました。ですが、今はまた少し違います。スカートなどは嫌いで、かっこいい服装やメンズの服を着てはいますが、胸があることや女性の体であることに対してそこまで嫌悪感を持たなくなったのです。完全にないとは言い切れないのですが。どうしてこう思えたのか。それは恐らく固定概念が変わったことと大学を辞めてストレスが少し減ったこと、そして何より恋人ができたからでしょう。こんな自分を好いてくれたのです。恋人である彼氏ができてから私は「この人を守りたい。リードしたい。もっとかっこよくなりたい。経済的に不安にさせないようにしたい」という思いが生まれました。これは固定概念ですが、年上の方々がよく考える「男性として」の考えかもしれません。今の私の悩みは大きく分けて3つあります。1つは、今の私は確かに女性ではあるけれど女性らしくいたい訳ではないこと。2つ目は、兄がEDMのような激しい音楽を、リビングでも部屋越しでも車の中でも、イヤホン・スピーカーといったものを使い大音量で流していること。3つ目は、そんな兄を家に置いて家を出れないこと。1つ目の性別に関しては、家族が私の彼氏に対して男らしさを求めたときに違和感を感じたのです。男らしい彼氏に娘(女性)である私を渡したいと、私にはそう聞こえて嫌でした。女性らしさを求められるたび息苦しくなります。男性ではないけれど、世の中の言う男性らしい人に私はなりたいのでしょう。2つ目に関しては、兄が音楽を大音量で流すたびに私は死にたくなるのです。私は元々音楽が大好きで、シンガーソングライターになろうとしていました。兄の聴くような音楽は大の苦手で、静かで優しい音楽を特に好みました。現在は音楽もカラオケもゲームも動画も、以前は楽しかったことが楽しめなくなり、音楽を聴くのが苦痛になってしまいました。そのため、兄の音楽はもとより、母の聴くJ-popすら苦痛に感じるのです。車で楽しくお出かけするにも兄は毎回あの音楽を聴くので苦痛で、リビングでは気を張ってしまい、自室では基本静かでも、兄が廊下を出る際には大音量で聞こえます。そもそも私が自室にいてもほんの少しギィギィ、ドンドンと音楽が兄の部屋から音漏れしていて辛いのです。とても、とても死にたくなってしまうのです。私は自殺未遂をしています。もう何度失敗したかわかりません。家族には一切バレていません。ただ、いざ死のうとすると、怖くなるのです。私は生きるのが怖いはずなのに、死ぬのも怖いのです。痛いのが、家族を悲しませるのが、恋人を悲しませるのが、本当に怖いのです。私がいなくなれば家族も死ぬと思うから。私はいつも明るい訳ではないけれど、笑って過ごすようにしています。家族に「おかえり!おはよ!気をつけてね。お風呂いれたよん〜お入り♡お皿洗っときましたわよおほほ」とおふざけしながら、家族に元気になってもらえるよう過ごしているのです。私自身の暗い話をするときでさえ、笑って顔芸をしながら話します。泣く時もありますが。家族の支えになろうとしたのです。母と父はあまり仲が良いとは言えないので、時々母の愚痴を聞き、父の愚痴を聞きました。できる限りでお互いの駄目だと思うことは伝えるようにしました。家事をして母の休む時間が増えたらいいなと、風呂を用意して父がしっかり休めたらいいなと頑張っているのです。嫌だと感じることはいくらでも出てきてしまいます。母の父を無視するところ。父の高圧的ですぐ怒り否定するところ。何はともあれ仲良くあってほしいものです。どちらかと言えば私は母の味方でしょう。父は家族のためにと仕事を頑張ってくれる素晴らしく尊敬する一面がありますが、反対に仕事一筋で家族の精神的支えにはなってくれません。頑張ってご飯を作れば脂っこいと言い、こうしたいと言えば否定し、人にすぐバカと言う。人を蔑む発言をする。けれどそんな父も私たち家族のためにとお仕事を頑張ってくれています。保険や経済面での疑問があれば、父に質問するといいと思えるほど頼もしいものです。母も仕事と家事を両立しつつ、家族のためにといつも考えてくれています。落ち込んでいて部屋から動けないとき、そんな私をみて笑ってその場を離れたいことも何度かありますが、恐らく反応に困っていたのでしょう。とても傷つきましたが、それでも今も昔も私のことを応援してくれています。姉は今彼氏と同棲しておりいませんが、素敵な姉です。ストレスによってほんの少しキレやすいですが、頼もしくて優しく、けれど自分の意思を伝えて行動することができる。大好きな姉です。妹の私を大切にしてくれます。そして兄はきっと今はそっとしておいて、見守ることが大事だと思うので、過干渉にならないよう「おはよ!筋トレいいね〜。えっすごいじゃん!」と少しだけ話すようにしています。できる限りわざとらしくないように、ポジティブに話します。長くなりましたが、3つ目はそんな兄を置いて母と父のみの家にさせることはできないことです。私がもし今の恋人と同棲したら、結婚したら。母と父はどうなってしまうのでしょう。母は家事を手伝う人がいなくなり、仕事量が増える。私をみて元気になってくれて、心の支えにしてくれているのに。食事の際は兄と二人きりか、あまり好きでない父と共に。父は母とも兄ともあまり上手く過ごせておらず、気を張っているのに。家の中で時折笑顔にさせることができるのは私なのに。こんな言い方は兄が可哀想だし、酷いことを言ってしまっている。けれど、兄の行動によるストレスが母と父にかかってしまうのが怖い。母の負担になるのが怖い。兄は基本的に話さない。というより上手く話せないのだろう。すごく辛いと思う。自分に自信がなくて、将来に希望がもてなくて、頑張りたいのに頑張れない。同じとは言えないし、簡単に同情するなって思われるかもしれないけれど、その辛さに共感できる。俺は兄のすごいと思うところたくさんあるのに。今は病で気遣いできないけれど、優しさをもっている。妹を気遣うし、家事も一時期頑張っていた。調べものが得意で、pcに関しては特に頼もしい。病をもってもちゃんと本を読んだり、筋トレや家事をしたり、食べ物に気を使ったりとよく頑張っている。なのに。それなのに。音楽を大音量で聴いていて、時折困った行動をする兄が憎く感じてしまうのです。兄の症状が重く、入院して時々外泊に来る時期がありました。父は母と私に言ったんです。「俺と兄が死ねば楽になれるんでないかな」と。そんなこと言ってほしくなかった。父の高圧的な態度は兄には良くないと伝えていましたが、それもあって酷く落ち込んでしまったようで、私ももっと他に言い方があったかなと反省しています。とはいえ私も実は同じことを考えていました。大学を辞めて適応障害でよく落ち込む。私みたいな疲れる存在は母と父の負担になってしまう。兄と共に死のうかなと。家族の支えになれているかわかりませんが、支えになれているといいなと思います。その支えが辛いと感じますが、それでもです。兄が一人暮らししてくれることを心から祈っています。そのサポートもできればいいなと思っています。でないと私は苦しいのです。家を出れません。心配で、怖くて、嫌で。また叫んで暴れるかもしれない。帰ったら音楽を流しているんだろうな、帰りたくないなと考えながら、死にたいなと考えながら。私は今日も実家に住み、バイトをしながら生きているのです。読んでくださりありがとうございました。私はきっと、死にたいと思いながら死にません。大切な家族と大切な恋人を悲しませたくないのです。ただ、どうしても話を聞いていただきたくて投稿させていただきました。
改めて読んでくださり感謝いたします。
あなたの幸せを願っております。白のスズランの花言葉は「幸福の再来」だそうです。
今日か明日か何か美味しいものを食べましょう。私のオススメは晴れた日に窓を少し開けて風を迎え、ヨーグルトにはちみつと冷凍ブルーベリーを入れて食べることです。それか晴れた日に公園のベンチでゆったりしてみませんか。
経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
家族の支えになろうとして
感想2
経験談ありがとうございます。
私自身の経験と重なる部分があり、心が揺さぶられる思いで読みました。特にお兄さんのお話からは、家族を大切にする優しさだけでなく、不安や苦しさも伝わってきました。学校でも家庭でも、安心できる居場所を見つけることが難しかったのではないかと感じました。
高校でのいじめについて、勇気を出して先生に報告したにもかかわらず、状況が変わらなかったことに心が締め付けられました。いじめは、被害を受けた人だけでなく、助けようとした人の心にも深く残るものなのではないかと感じました。だからこそ、誰か一人を責めるだけではなく、なぜそのような環境が生まれたのかまで考えることが大切なのではないかと思います。
タイトルの「家族の支えになろうとして」という言葉から、家族を守ろうとするあまり、自分のことを後回しにしてきたのではないかと考えてしまいました。家事をしたり、両親の話を聞いたり、お兄さんに明るく声をかけたりする姿からは、家族への思いやりがとても伝わってきます。その一方で、「自分が頑張らなければ」と、多くのことを一人で抱えてきたことも伝わってきました。
「共依存」という言葉も浮かびましたが、外側から簡単に当てはめられるものではないと思います。ただ、家族を大切にする気持ちが強いからこそ、自分の人生や苦しさまで抱え込んでしまうことがあるのではないかと考えました。
また、性別について書かれていた部分からは、「女性だからこうあるべき」「男性だからこうあるべき」という社会の価値観について考えさせられました。自分がどうありたいのかは、性別だけで決められるものではないと思います。誰かに決められた「らしさ」ではなく、自分が心地よいと思える生き方を選んでいけたらいいのではと私は思いました。
それから、お兄さんの良いところをたくさん知っているからこそ、「憎い」と感じる自分を責めてしまうこともあるのだと思います。私は、誰かを大切に思う気持ちと、その人の行動によって苦しくなる気持ちは、同時にあっていいものだと考えます。
最後に、この経験談を読んで私は「誰が悪いのか」ではなく、「どうすれば誰も一人で抱え込まずに済むのか」を考えたいと思いました。家族だから支えるべき、女性だからこうあるべきという価値観が重なることで、個人だけでは抱えきれない苦しさが生まれている部分もあるのではと感じました。
そして、家族だけで「悩み」を抱え込むのではなく、周囲や社会の支えを借りながら、それぞれが自分の人生を大切にできる環境になっていけたら「いいなぁ」と私は思いました。
長くなりましたが、最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
私は「パッと美味しいもの」と言われても、なかなか思い浮かばないのですが、おしゃれなものよりも、どちらかというと質より量派です。そんな私のおすすめは、やっぱり「肉」です。元を取れるようなお店に行って、思う存分たくさん食べること。それが私にとっての「至福のひととき」です。私も遠くからあなたの幸せを願っております。
感想1
あなたの中で大変なことがたくさんありながらも、それは誰か一人のせいではなくて、家族一人ひとりに良いところも本当にあるんだということを、誤解のないように伝えたいという気持ちがまず伝わってきました。お兄さんのことも、両親のことも、嫌だと思う部分だけではなく、尊敬できるところや優しいところまで丁寧に書かれていて、あなたが家族のことを本当によく見ている人なのだなと思いました。
その一方で、そんなふうに人や環境を多面的に見ることができるからこそ、自分自身の人生を後回しにせざるを得ないのかなとも感じました。家族の誰が何を感じているのか、誰にどんな負担がかかるのか、どうしたら家の中が少しでも穏やかになるのか。きっとずっとそういうことを考えながら過ごしてきたのではないでしょうか。求められているからというより、「自分がこうしておかないと、家族が崩れてしまうのではないか」という不安や恐怖の方が大きくて、自分の人生を優先することが難しくなっているのかなと、私自身の経験と重ねながら想像してしまいました。
私自身も家族が大好きなのに、家族のことでずっと心労や疲弊を抱えていた時期があり、その中心に兄の存在がありました。家族の中で頼れる存在でいなければと思ったり、みんなの仲介役や愚痴を聞く立場になったり、自分が明るく振る舞うことで何とか家の中を保たせなければと思っていた時期があります。自分の人生を優先することができず、結婚することさえ先延ばしにして、「実家を出られない」という苦しさを感じていた時期もありました。だから、今回の経験談はどうしても他人事とは思えず、感想を書かずにはいられませんでした。(自分語りをすみません)
また、あなたが書いていた「男らしさ」の部分も、家族を支えようとする気持ちと少しつながっているのかなと想像しました。自分が守る側でいたい、支えたい、かっこよくいたいという気持ちは、決して不自然なものではないと思いますし、きっと彼もそういうあなたの部分を含めて好きでいてくれているのではないのかな?と聞いてみたくなりました。一方で、周りから「女性らしく」「守られる側で」といった価値観を当たり前のように求められることには、息苦しさがあるのだろうなと思います。本人がどうありたいかではなく、性別によってこうあるべきというものを周囲から当てはめられてしまう場面は、まだまだ社会の中にあるように感じます。あなたにとっては、自分がどう生きたいかを考えること自体が大切なのに、そこまで家族や周囲のことを考えながら決めなければならないのだとしたら、それだけでもかなり疲れてしまうよなと思います。
そして、お兄さんに対して「憎い」と感じることも、私は責められるべきことではないと思います。病気があることを理解しているからといって、音や行動によって自分が苦しくなることまで我慢しなければいけないわけではないし、お兄さんの良いところをたくさん知っているからこそ、嫌だと思う気持ちまで否定したくなるのかもしれません。大切に思うことと、しんどいと思うことは、両方あっていいのだと思います。
それに、ここまで家族のことを考えているあなた自身が、何度も死にたくなっていて、それでも家族や恋人を悲しませたくないから今日まで生きていることを思うと、本当にギリギリのところで頑張っているのだろうなと感じます。家族の支えになることが、あなたにとって優しさや愛情である一方で、それがあなた自身を縛ってしまっている部分もあるのかもしれないなと、勝手に心配してしまう私がいました。
家族が大切だから家を出られない。でも、家にいることが苦しい。お兄さんを支えたい。でも、お兄さんのことで自分も限界になる。恋人と自分の人生も大切にしたい。でも、家族を置いていくことが怖い。どれも本当の気持ちだからこそ、簡単に一つを選ぶことなんてできないこと、とても理解できてしまいます・・。だからこそ、あなた自身が何を望んでいるのかも含めて、一緒に考えてくれる人がいてほしいなと私は思ってしまいました。
家族を大切にすることと、自分の人生を大切にすることは、本当はどちらか一つを諦めなければいけないものではないはずです。家族を想ってここまで頑張ってきたあなただからこそ、これからはあなた自身にも、自分の人生を考えられる時間が少しでもあってほしいなと思いました。美味しいものを食べる、私もそれが一番の癒しの時間です。フランスパンにクリームチーズとはちみつで食べるのもなかなか美味しくて私のおすすめです。苦しい時はまたここに書きにきてくださいね。