今年4月に、3年居た施設から別施設に系列異動になった。
職種的な専門の業務は継続でできる。でも、職員さんやらご利用者さんやら、初めましてなんだよ?
他の事務仕事も、ここでは初めてなんだよ?
「前の人はやってた」と言われても、まだ来て3日とか1週間とかの私には、まだ無理だわ。ゆくゆくはやるから、その時に教えてほしい。
もう年齢も高いから、前の人と同じ動きは半年か1年は待ってほしい。
どこに収納されてるか分からないからファイル1つ探すのも大変なんだよ。
色んなことを何度も聞いたけど、覚える事が多くて覚えきれず同じ事を聞いたんどろうね。前も言いましたけど?!と圧力強めで言われるし、その人と仲良しのパートの事務員さんにもため息吐かれて不機嫌ハラスメント始まる。
うん。前の所では、3年居たから、ちゃんとテキパキ先読みもしながら動けてたんだけどね。
記憶力が低下してるのは自覚してる。昔より瞬発力やひらめきが衰えてるのもわかる。
ハラスメントされると、過去を否定されてる気分になる。しんどい。
別に死にたいわけじゃない。お金があれば、やりたい事もたくさんあるから、まだ死にたいわけではない。
でも、生きるのに疲れた。『生きる』を継続するためにはお金が必要だから仕事は辞められない。再就職も難しい年代。
でもねー、生きるを継続するのに疲れました。
さて、どうしよう。どうしたい?答えは出ない。
経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
異動だけど、新人だよね
感想2
系列異動は転職に近く、職場環境だけではなく漂う空気までも全て違う。そんな風に思ったことを、あなたの投稿を読み思い出しました。「生きるを継続するのに疲れました」と感じるほど、日々の様々なことが負担になっていてどこから立て直そうかと考えあぐねているあなたを思い浮かべました。
既存職員の振る舞いは「新人ではない」を、盾に取り関わりに圧をかけてくる。それと同時に、ここにはここのルールがある、そんな圧もあったりするのだろうかと、私自身の経験に重ねてしまいそうになりました。お互いに警戒している状態なのかもと想像します。暮らしや仕事には、何となく流れやリズムがあり、物や人が変わるとそれらも変わってしまい、周波数をあわせるような時間と機会がどの場面でも必要に感じます。乱暴に一方的に「前の人はやっていた」という言葉だけでは説明や理由にならないはずです。経験年数があるからと、あなた一人が考えるべきこととも思いません。人事課など職員フォローが役割の人に対処してもらうことも手なのかもしれません。喧嘩するつもりはない、ただ静かに業務がしたいだけということが伝わることを願っています。投稿、ありがとうございました。
感想1
仕事の話も今生きることに向けているまなざしに対しても、怒りや絶望や悲しさともまた違う、「嘆かわしさ」のようなものを文章を読んで感じていました。
「異動」となると転職や新しい職場レベルに、業務やタスクはもちろん人間関係や立ち回り、もっと言えばそこに日々アジャストしていくための生活サイクルの変化までもが起こるものだと私自身は思っています。しかし実際は、「〇〇部署の△△さんだよね」ぐらいの認識で、「所属は同じなんだし、場所が変わっただけだから」と言わんばかりに「それまでの自分」や「新しく加わる自分」という存在を蔑ろにされやすいように私の周りの話を聞いていても感じます。
本当にまだ何も知らない中で「それまで」を前提にされるのはナンセンスでしかありませんし、首を挿げ替えただけで「それまで」と全く同じものを出力することを強いられるのはとても気疲れしてして、文句の一つも言いたくなってしまうような気がします。
環境設定の不十分さやハラスメントととれる周囲からの反応があるなかで、一方的にあなたが相手を卑下していなかったり、自身の衰えを感じるなかで時間が経っても吸収していこうとしている気持ちがあることには自身に落としどころをつけようとしているように見えてやるせない気持ちになってしまった私がいます。一方で、仕事も生きていくことにも「まだ諦めるつもりはない」というあなたの誠実さや実直さも同時に感じたような気がします。
「生きるを継続するのに疲れました」という言葉には、体感として私自身にも深く突き刺さるものがあります。月並みに「無理なくほどほどに」という言葉で済めば簡単なのかもしれませんが、それが安直であることも私自身日々を何とか生きていて感じるので、せめて答えは出ずとも一緒に考えたいような気持ちになりました。