経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
私はどこにいっても人間関係がうまくいかず、いつも孤独に苦しめられます。私は実際日本だけでなく、海外にも行く事があるのですが、やはり私の語学力に対し、どうしてもネイティブの方や、流暢に話す彼らにとって、私の語学力がどうしても低いと感じてしまうのか、相手にしてくれなかったり、無視されてしまったり、仲良くなれても数ヶ月関係が続けば良い方で、最終的に「コミュニケーションが難しい」と私がいかにコミュニケーションが下手かのように言ってきたり、「言葉の壁」と私の語学力のせいにしてきたり等等(他にも色々言われたりされたりしています…泣)、そのせいで、もう今では仲良くしてくれる人が一人もいなくなり、またさらに孤独を感じて生きています。仲良くしてくれていた日本人の男友だちからも、私の事を否定するような言い方が度重なり、しんどくなり、縁を切って今では全く関係を持っていません。世の中本気で友だちがいない人のことを悪者にしてきますが、そうやって人を傷つける言い方をする人といつまでも関係を保っている方がよほどしんどいと思います。友だちだって所詮他人同士。育った国が同じだろうと、性別が一緒だろうと、価値観や考え方は大きく違う。だから私としては、友だち関係での悩みはあるあるだと思っているのだが…、意外と周りはそんな事ないようで、友人関係が上手くいっている人ほど、SNSで友だちがいない人の悪口をたくさん言っている…。それがどうしようもなく辛いです。その出来事こそ私を孤立感に陥れます…。ですがもっと辛いと思っている事があります。それは、先述したように私は外国人との関係が上手くいきませんでした。どの国の国籍の人たちと関わってきたかというと、8〜9割がヨーロッパ、アメリカ、オーストラリアエリア出身の人たちばかりです。日本では欧米諸国の評価がかなり高いです。その代わり母国に対してはあまり良く思わない、あまりにも評価が低い…。ですが日本で高評価の欧米人の彼らは、私を虐めたり距離を取ったり、私の語学力をバカにして笑ったりしています。ですが未だに日本人は欧米人を良く言う…。実際欧米諸国に住んでいる日本人も同じように欧米の良さを日本に伝えます。これこそが私の孤独をさらに深めます。「こんな目に遭ってるのは私だけなんだ。だから周りはそういうこと言うんだ」ってずっと嘆いています。私は留学で、アイルランドとマルタ共和国というヨーロッパの国に行きましたが、ホームステイ先で語学力の過度な否定によりいじめられています。私は2回目のマルタ留学で、語学力を中級(B1+)まで上げましたが、それでも彼らは私の語学力に満足しないようで、かなり見下してきます。嘲笑ってきます。私の語学力の否定だけではないです。彼らは、日本人と同じように友だちがいない人のことをあまり良く思わなかったり、私は兄弟がいないのですが、兄弟がいない人のことをマイナスに見てきたり…、渡航先でも、日本で出会った外国人と関わった時も、かなりしんどい思いをしてきました。文化や価値観が違うから、その辺の考え方も変わってくるのかなと思いきや…、意外とそうでもない…。本当に私は兄弟がいない人のことをマイナスに見てくる事が、幼少期の頃から大の苦手で、ずっと周りからマイナスに言われるたびに落ち込んでいました。「それぞれの良さがあるのに、何でこんな理不尽なことをいわれなきゃいけないの」と。他にも年齢は若い方がいいなども、日本人だけの価値観だけだと思い込んでいたら、意外と欧米人も同じように感じているようです。だからワーキングホリデーに年齢制限があるんですね。その他にも白人以外の人種の方や、LGBTの方への差別的発言なども耳にしていますが、そういったことが欧米諸国でも言われたりしてきているのに。なぜ欧米諸国はこんなにも評判が良いのか…。私は実際に行って見て体験して、現地の人と話をして色々辛さを感じてきたのに…。これを読んだ方が「私は海外でそんな経験なかった。良かった〜。こんな不幸な人もいるんだ。私は海外で友だちもたくさんできた。もう何十年も関係が続いている。」もしそういう人が出てきた場合、マウントを取られて、私のように疎外感を感じている人間はまたさらに追い込まれる…、もう現代ではこれの繰り返しです…泣 もうどうか孤立感を感じさせないように一人一人の考え方や言動の仕方も変わっていってほしいです…。そういう事を心がけていけば、幸せになっていく人が増えるかもしれないのに…。私は色々な人にこの事を相談しましたが「文化の違いだから仕方がない」とまともに相手にしてくれませんでした。軽く受け流されてしまいました。親身に話を聞いてもらえませんでした。文化の違いだからって人を傷つけて良いの…?という疑問だけが残り、さらに私の気持ちはしんどくなりました。
このことがいち早く改善され、世界中の人たちが、幸せいっぱいになれる世の中になる事を切に祈っております…🙏
感想1
「自分は欧米で嫌な目に遭ってつらいのに、日本では欧米諸国への評価が高く、欧米の良さを伝える日本人もいる。そのギャップによって孤独感が深まっていく」という気持ちを経験談から読み取りました。自分が辛い状況にいるのに、他の人たちが正反対に思えることを言っていたら、孤独な気持ちになるのも頷けるなと思います。欧米で良い体験をした人もいれば、あなたのように辛い経験をした人もきっといると思います。自分の知り合いの人で欧米の学校?に2年間行っていた人は、悲しいことに差別的な扱いを受けたことがあると言っていました。そういう差別的なことをする人もいるけど、そうじゃない人もいると思いますし、いてほしいところです。
人が傷つくことを言うということは、文化の違いという言葉で片づけていいことではないなと、私は感じました。時には傷つくって分からずに言ってしまうことも、文化の違いとか関係なくあると思いますが、だからこそ人に対する思いやりを持ち続けること、人に対して想像力をはたらかせること、対話し続けることが大切であると私としては考えています。それと同時に、経験談を読んで、「自分も外国から来た人のこと傷つけていないかな」と自分の言動を振り返りたい気持ちになりました。
また、友達がいないとか、学力とか、そういった指標?で線引きをすることの怖さを感じています。分かりやすいといえば分かりやすい指標?で、乱暴に線を引き、人をラベリングすることの怖さや雑さを感じます。
日本にも、学力に強い重きを置いていて人を傷つける人がいると思います。何かに強い価値を見出していて、その基準に満たない人を下に見る人は、国や文化関係なく、いろんなところにいるのかもしれません。あなたの周りにはそういう人が多い環境だったのかなと感じています。
「欧米はいいところだ」と言う人もいるのであれば、語学力を理由に人を下に見ない人もどこかにいるのだろうか…と思いたいところですし、あなたの周りにそういう人がいないのは、私としては悲しいなぁと思ってしまいます。
だから、あなた自身が関わる相手を変えることも、あなたの身を守るためには大切なことなのかなと感じるところでした。それは「いじめられるのはあなたが悪い」と言いたいわけではないです。私の場合、自分のことをひどく卑下していたときには、それにつけこもうとする人と関わりを持って辛い思いをしたことがあったので、そんなことを思いました。文化の違いとか関係なく、真摯に向き合える人があなたの周囲にいたらいいなぁと思っています。
あなたがコミュニケーションをとろうと取り組んでいることや、語学力を向上させようとしていることは、とても伝わってきました。あなたの心の安全を大切にしつつ、無理なく過ごしてほしいなと勝手ながら思いました。
感想2
私は欧米諸国やヨーロッパ等に行ったことがないのですが、感想を書かせてもらいます。経験談を読んで、欧米諸国に限らず、全てのことに関連するかと思いますが、自分の経験だけで人に押し付けるように語ることはこんなにも人を傷つける可能性があるということ、さて自分はそういった表現を過去そして今と、せずに過ごせているだろうか、と考えさせられる機会となりました。実際にあなたのように欧米諸国やヨーロッパで、語学力の否定や友人、兄弟がいないことを実際に事実として経験していたりと、辛い思いが多くあったのだと理解できました。もしかしたら、滞在中一つくらい良い経験も中にはあったかもしれないのに、それを掻き消すほどの苦しさを感じたのだと思います。言動をした個人ではなく、国という大きな括りで語りたくなるほどに、今もその過去を抱え苦しんでいることが伝わりました。
私が感じたのは、“欧米諸国の評価が高いこと”があなたを孤独にしているのではなく、辛い思いや経験をしたことを「外国」という枠があった故に”誰にも理解してもらえなかった“という苦しさなのかなと思っています。今まで辛い経験をするたびにきっと色々な人に相談し、その度にあなたの経験や苦しさを”文化の違いを理由“にされたり、相手のマウントのようなものが先に心に響いて、あなたの苦しさや辛さ、孤独を受け止めてもらえずにいたのだとすれば、その怒りや悲しさはさらに助長され、あなたの深い傷になってしまうだろうと想像しました。「こんなに辛い思いをしているのは自分だけ」だと思えばさらに辛いし、それを今まで一人で抱えてきたのだとすれば、その思いは計り知れません。
ただ、あなたが孤独を感じてきたことも、辛い思いを抱えてきたことも事実であるかと思いますが、「友だちだって所詮他人同士。」の言葉は私も本当にその通りだと思っていて、一人一人価値観や考え方の相違はある程度あるものだと思います。そして、それが合わず故に、距離を置くという選択は、心を守る際に、時には必要なのだとも感じます。あなたの気持ちがしんどくなる時には、あなたにとって攻撃的に感じるSNSや人とは一旦距離を置いて、心を守ってほしいと思いました。
感想1
「自分は欧米で嫌な目に遭ってつらいのに、日本では欧米諸国への評価が高く、欧米の良さを伝える日本人もいる。そのギャップによって孤独感が深まっていく」という気持ちを経験談から読み取りました。自分が辛い状況にいるのに、他の人たちが正反対に思えることを言っていたら、孤独な気持ちになるのも頷けるなと思います。欧米で良い体験をした人もいれば、あなたのように辛い経験をした人もきっといると思います。自分の知り合いの人で欧米の学校?に2年間行っていた人は、悲しいことに差別的な扱いを受けたことがあると言っていました。そういう差別的なことをする人もいるけど、そうじゃない人もいると思いますし、いてほしいところです。
人が傷つくことを言うということは、文化の違いという言葉で片づけていいことではないなと、私は感じました。時には傷つくって分からずに言ってしまうことも、文化の違いとか関係なくあると思いますが、だからこそ人に対する思いやりを持ち続けること、人に対して想像力をはたらかせること、対話し続けることが大切であると私としては考えています。それと同時に、経験談を読んで、「自分も外国から来た人のこと傷つけていないかな」と自分の言動を振り返りたい気持ちになりました。
また、友達がいないとか、学力とか、そういった指標?で線引きをすることの怖さを感じています。分かりやすいといえば分かりやすい指標?で、乱暴に線を引き、人をラベリングすることの怖さや雑さを感じます。
日本にも、学力に強い重きを置いていて人を傷つける人がいると思います。何かに強い価値を見出していて、その基準に満たない人を下に見る人は、国や文化関係なく、いろんなところにいるのかもしれません。あなたの周りにはそういう人が多い環境だったのかなと感じています。
「欧米はいいところだ」と言う人もいるのであれば、語学力を理由に人を下に見ない人もどこかにいるのだろうか…と思いたいところですし、あなたの周りにそういう人がいないのは、私としては悲しいなぁと思ってしまいます。
だから、あなた自身が関わる相手を変えることも、あなたの身を守るためには大切なことなのかなと感じるところでした。それは「いじめられるのはあなたが悪い」と言いたいわけではないです。私の場合、自分のことをひどく卑下していたときには、それにつけこもうとする人と関わりを持って辛い思いをしたことがあったので、そんなことを思いました。文化の違いとか関係なく、真摯に向き合える人があなたの周囲にいたらいいなぁと思っています。
あなたがコミュニケーションをとろうと取り組んでいることや、語学力を向上させようとしていることは、とても伝わってきました。あなたの心の安全を大切にしつつ、無理なく過ごしてほしいなと勝手ながら思いました。