経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

春の孤独

春になると死にたくなる。そう思い始めたのは春には暖かさと寂しさがあると感じたから。毎年春になると両親と三人で花見ヘ出かける。そのひと時は何物にも変えがたい幸福で満ちている。三人で見上げる満開の桜は暖かい光を纏って目に焼きついている。その光景を思い続けて生きていければ良かったのだけど。私は一人娘である。幼い頃から両親には大切に慈しんで育てられた反面、「一人」というものにずっと囚われているところがある。一人っ子気質というのか、とにかく無意識に周りと距離ができてしまう。他者との交流に馴染めず、人の輪の中に自分から入っていけない。うっすらと感じる「孤独」に苛まれ、自分は本当はもっと人と関わりたいと常々思っている。しかしいざ実行に移しても他者と関わる嬉しさと気分の高揚で距離感を誤り結果的には嫌われたり、避けられたりした。両親が先に逝ってしまってこの世に一人きり。私はそれがとても耐えられない。友人はほとんどおらず、寂し寂しさに押し潰されそう。一人きりの私は世界からはじき出されるような感覚。春の暖かさと寂しさの中、死にたくなる感覚。どこかの誰かも春になると死にたくなるだろうか。そんな人と会ってささやかに語り合いたい。

感想1

「春」という季節に結び付いた記憶や感情が、あなたをあたたかい思い出で包む反面、それを再び味わうことは出来ないという深い喪失感を連れてくるのだなと感じながら読みました。
あなたから見た「世界」は本来、繊細で細やかで、割り切れないところにこそ良さを見出せるような余白を持った存在だったのかなと想像しています。両親と共に桜を見て、目に見えない感情も含めて思いを交わしていたときの安心感が、あなたの世界の見方を作るとともに、世界にあなたを繋ぎとめていたのかなと感じました。それはあなたにとってとても素直な、無理のない状態だったのかなと思うと、反面失ったときの苦しみは大きく、まだ癒えていない部分もたくさんあるのだろうな…とイメージしました。

他者との人間関係は、家族との関係構築とはスピード感がかなり違っていて、純粋な反応を示すだけでも相手によっては拒まれたり、わからないものとして遠ざけられてしまったりすることが容易に起きてしまうのが難しいなと思います。他者との「かかわり」にもっと豊かなバリエーションやゆとりがある世の中であってほしいと感じます。

感想2

春の寂しさを聞いて、桜が散る儚さや、暖かい日差しの中に吹く冷たい風が思い浮かびました。毎年の両親との花見が特別な時間だったことを思うと、これまでの春と両親が亡くなられた後の春は全くの別物になってしまったのかな、と想像しています。(春だけでなく、世界全体かもしれないとも…)

人と関わりたいけれど、なぜか上手く関われない…と悩む声は多い気がするのですが、あなたの場合は「人と関わる嬉しさと気分の高揚で距離感を誤り」と書いてあるのが印象的でした。そのことにいつどうやって気付いたのだろう?と、とても気になりながら、読ませてもらいました。投稿ありがとうございました。

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