現在高校1年生です。中三の受験期、私は窃盗をしてしまいました、とても欲しいというものでもなく、買えるだけのお金も持ち合わせていたはずです、その時の記憶は曖昧ですが罪悪感だけは今でも強く残っています。高校入学前の春休み、警察からの連絡が来ました、窃盗の被疑者になっていると、もちろん心当たりはありました、けれど頭の中は親にバレてしまったという焦りと新しい学校への連絡の不安でいっぱい、あろうことか嘘をついてしまおうかと考えたほどです、そんな自分が心の底から気持ち悪いです、なんでそんなことが考えられるのでしょうか、こんな人間生きていない方がいいと何度も考えました。
現在初犯、また被害額が少ない事で前科はつかないこととなりましたが母親はとても悲しみ、新しい高校にも連絡が行きました。今書き込んでいるのは学校に連絡が入った日の夜です、明日生活指導室へ呼ばれる予定です。私はこれからどうやって生きていけばいいのかが分かりません、とても反省はしていますけれどどうしても自分が信じられないです。こんな自分への自己嫌悪、そしてこれからの学校生活、家族、先生方からの視線、不安で不安でたまりません。自傷行為や過食嘔吐などにも片足を入れてしまっています、色々な方の経験談を見させてもらい後悔している人が沢山いるのは承知していますがこの不安とどうしようもない自分への怒りをどこに発散すればいいのかが分かりません。私が1番悪いのは100も承知ですがどうかよろしくお願い致します。
経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
こんな自分が大嫌い
感想2
経験談を送ってくれた時からしばらく経っていると思うのですが、あなたが今どんなふうに生活しているのか、気になりながら読んでいます。あなたにとっても、冷静なときなら、しないで済むならそれに越したことはないと感じることだったのかな、と読んでいて思いました。自傷も過食嘔吐もそうかもしれません。親や学校などの影響範囲の広がりもありショックも大きそうです。でも、それがなにか必要だった状況もあったのかもしれないと私は想像しています。それは、買えるかどうかとはまた少し違う切迫した感覚ではないかと思いました。窃盗や自傷や過食嘔吐などを一度でなくどうしてもくりかえしてしまう、という状態があって、それはアディクションと呼ばれたりします。私も窃盗はたまたましないまま(私の記憶が正しければ)大人になりましたが、自傷や過食嘔吐は経験があり、他者に加害的な行動・言動をしてしまったことも何度もあります。そんな自分がずっと嫌だったけれど、その時々には我慢してもうまく止めきれないものでした。大人になってから、それらの行動がおきるのは、実はそれ以前からすごく我慢していて、まわりを頼れない状況が続いてきたからだと知りました。受験の時期だったとも書いてあるし、あなたはストレスを蓄積しながらも、我慢してきたのではないかと思います。我慢の自覚がある場合もあれば、あまりない場合もあるかもしれないけれど、どちらにしても元を辿っていくとあなたが悪いからではないと私は思いました。
読んでいて、『生きのびるための犯罪(みち)』という本のことを思い出していました。これは薬物依存症の女性たちの当事者研究の中でわかったことを書いた本で、図書館にもなかなか入っていないかもしれないのですが、私はタイトルだけを取っても好きな本だなと思っています。うまくいかないさまざまなことが努力不足ということにされがちな世の中ですが、生きのびることが案外とても苦しくて大変で、死んでしまいたいくらいのときに、自傷やさまざまな依存行為などしか支えにできないことが事実としてあります。それは責めたところでどうしようもなくて、むしろほかに支えが増えていくことで、結果的にあまり必要なくなるかどうかということみたいです。
あなたがあなたの苦しさを押し隠さなくてもいいはずだと私は思います。また、もしかしたらあなたが自分を責めてしまう気持ちは窃盗の出来事よりも前からもあなたの中にあったのではないかとも想像しています。(違っていたらすみません。)死にトリはあなたにとって大きな支えにはならないかもしれないけれど、あなたの感じていることや考えていることを、こうやってまた言葉にして送ってくれたらと思います。投稿ありがとうございました。
感想1
投稿読みながら、受験という人生の分岐点において、いろんな事や人からの目には見えないストレス、勉強疲れが蓄積されていたのか、そんな状況で自分でも分からないような行動をしてしまったのか、と想像しながら読み進めました。犯罪を容認することはないですが、ストレスや疲れから後悔に繋がる行動って誰しも経験するんじゃないかと個人的に思います。
やってしまった事実は消えないですが、これから先どうしたら「同じ過ちを繰り返さないか」を考え行動する事が大切だと私は思います。できることなら自分だけで考えず、いろんな人に話を聴いてもらいながらがいいのかなと思いました。
自分がとってしまった行動で家族が悲しみ、これから学校でどうなるかの大きな不安感、自傷行為や過食嘔吐に至っている現状。個人的な意見になりますが、人は自分を守るために嘘をつくことは多いと思っています。実際自分も嘘をつくことで自分を守ろうとしたことがあります。ですが、嘘で自分は守れないという教訓を得られました。誰かに対する嘘は、自分に対する嘘にもなるので。
自分への怒りの矛先は、これから長く続く人生で同じ過ちを繰り返さないようにするにはどうすれば良いのか考えるパワーに変換することはどうですか。簡単では無いと思いますが、時間をかけてでも変換する意義はあると思います。