経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

不安なこと

私には不安なことがたくさんあります。
将来のこと、勉強のこと、学校のこと…。

今回は、私にとって、とても大きな影響を与えた、「会食恐怖症」について話していきます。

まず、会食恐怖症とは、外食や誰かと食事をするときに、食事を残したらどうしよう、変な食べ方だと思われたらどうしよう、などの不安により、吐き気や震え、動悸、飲み込めない、冷や汗が止まらなくなるなどの症状がでます。

私は、小学1年生のときに会食恐怖症になりました。
当時は「会食恐怖症」という恐怖症を知らなくて、小学5年生のときに、ニュース番組で会食恐怖症について取り上げられていたのを見て、私がずっと苦しんでいたものはこれだったのか、私だけじゃなかったんだ、と得体のしれない恐怖を少しだけ理解できて安心したのを覚えています。

私が会食恐怖症になったきっかけは、食に対する恐怖です。

これは5歳頃の出来事です。
母が忙しい中、毎日食事を作ってくれていたのですが、ストレスが溜まっていた母は「どうせ美味しくないけど」などと言い食事を作るようになりました。
私は、お母さんが頑張って作ってくれているのだから、残さないようにしなきゃと思うようになりました。
あるとき、手の凝った料理を作ってくれたのですが、お腹が空いておらず残してしまいました。
当時の私は、自分が食べられる量がわからず、量の調整は母がしてくれたので食べる前に減らすという選択肢がありませんでした。
「不味いなら食べなくていいよ」と母は冷たく言い、それ以来、その料理を作ってくれなくなりました。

それから月日がたち、小学校に入学し給食が始まりました。
担任の先生が完食にこだわる人で、給食を残した子が先生に怒られている姿をよく見ました。
私は、残したら怒られる、食べなきゃと思うようになり、私には少し量の多い給食を無理して食べていました。

あるとき、吐き気がして食べられなくて給食を残してしまいました。初めてだったから怒られなかったけど、明日も残したら怒られると思い不安になりました。

それからは、毎日給食の時間になるたびに吐き気が襲ってきて、残してしまうことも増えていき、朝起きると吐き気がして学校に行きたくないと思うようになり、母に寂しいと言ったり、涙が出たりするようになってしまいました。
小学1年生だった私は、吐き気というものがよくわからなく、体調が悪いわけではないと思っており自分だけが悩まされているように感じる不快な症状に孤独感があり、寂しいと言ったのかなと最近思いました。

それから、毎日のように給食を残すようになり、さすがにおかしいと思ったのか、担任の先生が母に連絡しました。量を減らして無理せず食べられる量だけにしましょうと先生に言われ、自分はどれだけ食べられるのか気にかけるようになりました。
学校では吐き気がありながらも量を調節して食べきることができるようになってきました。

しかし、今度は外食のときに、吐いてしまったらどうしようという不安が襲ってくるようになり、吐き気がするようになりました。
症状は更に酷くなり、スーパーや人が多いところなども吐き気がするようになり、その場から動けなくなるほどの吐き気になってしまいました。
そんな中、母が、外食の回数を減らしたり、外食に行くときはチェーン店などの馴染みのあるお店に行くようにしてくれました。そして、「食べられなかったら残しても大丈夫だよ」と外食のたびに優しく声をかけてくれるようになりました。

精神科に行って診断をもらったわけではないので、自力で症状を改善しました。
会食恐怖症というものを知ってから不安な気持ちをコントロールできる状態になるまで3年ほどかかりました。
今は給食や外食では吐き気がなく楽しんで食事ができることが多いですが、時々、吐き気がしてしまうことがあるので、量を減らしたり、減らしたのに残しちゃったらしょうがない、残しても大丈夫と自分のなかで暴走してしまいそうな不安をコントロールすることで恐怖心を少なくしています。

大事なのは、完全に恐怖心をなくすことではなく、恐怖心を認め、受け入れることが症状の改善に繋がることがわかり、今では他の不安な気持ちをコントロールするときにも役立っています。

そして、私は、自分で自分を受け入れるだけでなく、周囲の人に理解してもらい、症状を改善することができました。
周囲の人から理解を得るのはとても難しいことで、必ずしも受け入れてもらえるわけではありません。なので、異変に気づいて給食を減らしていいよと言ってくれた先生、残しても大丈夫と優しく言ってくれた母に感謝しています。

自分の辛かったこと、それをどう乗り越えていったのか知ってほしいと思ったのと、私の経験が何か力になれたらいいなという気持ちで書かせていただきました。
長文読んでくださり、ありがとうございました。

感想1

投稿ありがとうございます。食べきれないこと自体よりも、お母さんを悲しませるかもしれない、先生に怒られるかもしれない…など、食べきれないことで誰にどう思われるか、という影響があることに強い不安があるのかなと感じました。

率直に、5歳という幼い年齢で、自分がどれくらい食べられそうかなんてわからないと思いました。「あとどれくらいお腹にあきがあるか」は、大人になってもたまに読み間違えることがあります。
お母さんもきっと、ふだんならそれが理解できていたのかもしれませんが、日々たまっていくストレスのせいで、あなたがお腹がいっぱいであるという想定がぬけてしまい、「完食できないのは私の料理が美味しくなかったからだ」という思考になってしまったのかなぁ、と想像しました。凝った料理を作ったことで、「美味しいと思ってもらいたい」「美味しいなら全部食べれるはず」という期待もあったのかなと思いました。(どちらも私の想像なのですが)

学校の先生は、もったいない精神が強かったり、好き嫌いするのはよくないといった、先生なりの食に対する考えがあったのではないかと想像します。この「もったいない」がプレッシャーになることって結構あるんじゃないかなと、私は考えています。
しかし個人的には、食べ物を残すのはたしかにもったいないけれど、無理やり詰め込んで健康じゃなくなってしまうのも、自分の体に対してもったいないことをしている気がしています。無駄にすることと、どうしても消費できないことは、似ているかもしれないけれど全然違うものです。同じ命として、どちらも大切にできたらいいな…と私は思います。

自分で食べる量を調節しようと思ったり、会食恐怖症の不安に対して、自分なりの対処法を探ったのは大事なことだと思いました。そして、周りの人が、それぞれの考え方よりも、あなたを優先して、あなたの状態を理解しようとしてくれたことにも、ホッとしています。
5歳のときの出来事のあと、お母さんに寂しいと伝えられたり、お母さんも残しても大丈夫と優しく声をかけてくれたり、お母さんとの関係に何か影響があったわけではないのかな、とも感じています。とは言え、作ってくれなくなった料理は今も復活していないのだろうか…あの時、ただお腹が空いていなかっただけだと伝えられているだろうか…と少し気にかかる気持ちもあります。

あなたの投稿を読んで、そういえば、自分も会食恐怖症だったなぁと、給食がなくなってすっかり忘れていたことを思い出しました。大人になっていく過程で、いろいろな、安心できる材料を手に入れることができるようになりましたが、今でもちょっぴり緊張することはあります。私は食べること自体は好きなので、食事は楽しく過ごしたいし、ご飯は美味しいままで終わりたいと思っています。あなたも食事の時間を楽しめるようになってきているとのことで、飲み込むことよりも味わうことに意識を向けられる余裕が生まれているといいな…と思いました。

感想2

投稿を読みました。食べるっていうことは、私たちの身体を維持するのに不可欠であるだけでなく、人間同士のコミュニケーションや社会的な価値観と切り離せない、とてもさまざまな意味を持つことなんだなということを、あなたの経験談から改めて感じています。

あなたが母親さんや学校の先生などのまなざしを痛いほどに感じながら、その期待に背いてはいけないような感覚にさらされながら、食事という場面を過ごし続けてきたことを感じています。それは端的にいってものすごくストレスなことで、あなたがたくさん怖く感じたのも無理はないと思いました。

母親さんについては忙しいと書いてあったから、あまり心や時間に余裕がなかったのかな、と思ったりもしました。無理をしないといけない状況でそれでも頑張っていると、心がピリピリしてしまうことがありそうです。でも、それであなたにプレッシャーを感じさせてしまったのは、とても残念なことのように感じました。
ごはんを楽しい時間にするには、それ以前にいろんな余裕が必要なのかもしれないですね。あなたの母親さんを支えてくれるものがもっとあって、楽をできていたら違う部分もあったのかなぁと考えたりしています。
担任の先生が完食にこだわるのも、なにか理由あってのことかもしれませんが、私たちの食事量って同い年でも全然違いますよね。そしてそれを子どもがコントロールしきれないのなんて、当たり前のことだと思います。だから、担任の先生のこだわりは、もしかしたらあなたはもちろん、それ以外のほかの少食な生徒にもプレッシャーを与えてきたのではないかと心配な気持ちになりました。

あなたは自分を律する力の強い人なのかなと思います。だからこそ、不安の中では食べることすら抑制されてしまうし、またそれをコントロールによって対処してきたとも言えるのかなと思いました。またその前提として、あなた自身を観察することにも長けているのだと感じました。「寂しい」という言葉についての分析も、なるほど……と思いました。
周りの人が協力してくれたことも書いてあったので、あなた一人のことではないとも思いますが、あなたが周りの人を困らせないように自分に目を光らせているような感じもあるのかなと思うと、コントロールできないときがあっても大丈夫だよと、勝手な立場からですが、言いたくなってしまいました。
もちろん、食事は日常に根づいたものなので、その中で困ることはそれだけでストレスなことで、それが前よりも大丈夫になったことは素直によかった……という気持ちです。でも、精神科を使うのも、うまくできなくて周りの人に対応が必要になるのも、全然悪いことじゃないと私思います。あなたにとって不安なことは現在進行形であるのかなぁとも想像しました。成功したり、解決したりしなくても、まだまとまらないままの言葉でも大丈夫なので、また気が向いた時に投稿してください。あなたの経験したこととその考察を送ってくれてありがとうございました。

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