乱文で申し訳ないです
心の中でぐるぐるし続けている今の気持ちを書きなぐりました
中学生の頃から急に人が怖くなり学校に通えなくなった
そのまま進学できず、ただただ引きこもるだけのどうしようもない生活を続け、外に出るのが怖くなり、自傷行為や自殺未遂をした後に病院通いになり、6年ほどしてなんとか社会復帰を果たして今に至りますが、その期間に失ったものはあまりに多くて、人と関われば関わるほど自分の無能さと無知さ、経験値のなさ、空っぽさに気付かされて辛くなる
仕事で怒られることが多く頭も悪い
せっかく自分を大切にしてくれる人と出会えたのに、その人といることが怖いと感じてしまう
失望されたくない 何も面白くもない自分を知られるのが怖い 頑張らなきゃいけない 生きていくのが辛い
僕は何も頑張ってこなかったんだと、何もしてこなかったんだと、何もないんだとひとりで考え続けて自分を追い詰めるのをやめたい 自分を好きになりたい 求められる人間になりたい
頑張って生きてきたと認めてあげたい
自信を持って笑って生きていきたい
普通の人間になりたい
感想1
経験談を読みました。約4行の中に中学生から現在までの流れが書いてありましたが、その4行の中にたくさんの大きい出来事があり、とても大変な時間を過ごして来られたんだな、とまず私は率直に思いました。おそらく文章の中には書ききれないであろう投稿者さんのいろいろなその当時の感情を想像しています。
自分を卑下するような表現がみられましたが、最後まで読むと「頑張って生きてきたと認めてあげたい」と葛藤している様子も感じました。それを見て、ではどうして、投稿者さんが自分の頑張りを認めることをためらうのだろう?と私は考えました。思ったのは「この年代にはこういう経験をするべきだ」という社会の無言の圧力があるのではないかということです。その無言の圧力が投稿者さんを苦しめているのではないかなと。人の生き方のペースや経験は人それぞれなのに、社会の中でなんとなく「人生はこう歩むべきだ」みたいな暗黙のレールがあるように私は感じています。そのレールとは違う生き方をすると、”普通”ではない人、と勝手に決めつけられてしまうような気がしています。私は”普通”という言葉についてよく考えます。”普通”ってなんだろう。誰が決めた基準なんだろう?と。
また「失望されたくない」と書かれていましたが、他者からの評価が投稿者さんを不安にさせているのかもしれません。学校に通えなくなった理由にも「急に人が怖くなり」とありましたが、そうなった背景に何があったのか気になりました。
文章を何度も読み返すと、ちゃんと自分を認めたい気持ちの強さが印象に残りました。そして、頑張って生きてきたと認めてもいいのでは、と率直に私は感じています。