経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

自己肯定感が低い自分と恋愛依存について

アプリで知り合った人を好きになりました。
彼の言葉は自己肯定感が低い私にとって、存在を認めらたような気持ちになり、どんどん惹かれました。ありのままを否定せず受け止めてくれる優しい人で、知識が豊富で頼りがいがある所にとても惹かれました。
しかし、彼は高学歴高IQで、行動力もあり、交友関係も広く、正反対の私は彼と自分を比較してしまい、自分は価値がない人間だと思うようになりました。
私は今までの恋愛でも、相手にもっと好かれたいと、自分を蔑ろにして相手に合わせてしまう所がありました。
今回も彼に認めてもらいたいと、無理にアクティブになろうとして疲れたり、何か夢中になることを見つけて取り組んだら、彼も私に興味を持ってくれるのではないかと思い模索したり。しかし夢中になれることは見つからず、自分はそんなことも見つけられず残念な人間だと落ち込むこともありました。
彼を好きな気持ちもそうですが、比較して自分の無能さに絶望したりなどで食欲が落ちたり、仕事も集中できなくなり、そんな精神的に不安定な状態が2ヶ月続いたことと、うっすらと彼とは住む世界が違いすぎて付き合うことはないんだろうなと思っていたこともあり、彼に気持ちを伝えました。
すると、やはり私と付き合うことはないと言われました。
今までの彼女は頭が良い人だったかと聞くと、やはり職業も弁護士や公認会計士などだったと。頭が良い人との会話が楽しいと。
彼は私のことを一度も馬鹿にしたり否定したりはしていませんし、傷付くと分かっていたのに私は自ら質問をして深く傷つき、私はなんて価値の無い人間なんだろうと絶望的になりました。
学歴も低く家柄も良いわけではなく、特別な能力があるわけでもなく、平凡な人間で好きな人と結ばれずになんの為に生きているのだろうと深い悲しみで消えてしまいたいと思ってしまってどうしようもありません。
失恋の痛みは時間が解決してくれるのも分かっているし、こんな私でも好きになってくれる人がいることも分かっている、だけどダメなのです。
過去を否定し続ける自分も、そして今こうやって悲しんで時間を無駄にしている自分も本当に憎らしくて大嫌いです。
そしてこんな恋愛ごときで、もっと辛い思いをしている人も沢山いるのに、こんな弱い自分も大嫌いです。
ありのままの自分を愛したいし、そうしないと愛されない、変わりたい変わりたいともがき続けて苦しくて死んでしまいたくなります。
私はどうしたら変われるのでしょうか、そして寂しさを埋めるためにまた自分を犠牲にしてしまいそうで、そんなときはどうしたら良いのでしょうか。
誰かに構ってもらいたいと思ってしまう弱い心を強くしたいです。

感想1

失恋、辛いと思います。好きな人と結ばれないのはどうしてあんなに辛いんだろうと感じますよね…。「失恋ごときで」って思わなくていいんじゃないかなと私としては思います。失恋したらきっとたくさん泣きたくなったり、食欲不振になったり…しんどいですよね。苦しさやしんどさは吐き出していいものなんじゃないかなと感じるところです。
お相手はありのままを否定せず受け入れてくれる優しい人なはずなのに、あなた自身が「ありのまま」から逸れようとしているなぁ…と感じました。「(お相手は)ありのままを受け止めてくれる」と言ってるけど、実際には彼から好かれないかもしれない不安から、彼に合わせようとしている様子が窺い知れました。相手はあなたにとってはあなたの「認められたい」という承認欲求のようなものを満たす大きな存在でもあるが故に、相手の言動に振り回されているのかなと感じました。承認には自己承認と他者承認があると私は思っていますが、他者承認のうち恋愛関係にある人、そうなりそうな人が満たす割合が非常に大きいが故の結果なのかなと感じる部分があります。
好きになってもらおうと相手に合わせすぎるところに、私も共感する部分がありました。たぶん、相手に対して「素敵な私を好きにならないならそれはそれでいいです」という感じではなく、相手に対して下手に出ているのかなと思います。ある意味恋愛関係に上下関係を持ち込んでいるとも言えるかもしれません。世の中では年収といった「スペック」が重視されることもあるかもしれませんが、最終的には相性が大事なのかなと私は思っています。「住む世界が違う」っていうのは、単に「スペック」とやらだけの問題ではないんじゃないかなと思っています。「世界が違う」とまでいうと仰々しいかもしれませんが、要するに根底の価値観や人としての感覚が違うということです。
「ありのままの自分を愛さないと」と焦りや不安を感じていらっしゃるかもしれませんが、そもそも自己肯定感って無理に高める必要があるのだろうかと思います。「自分は今未熟である」「今は成長の過程にある」と現状の未熟な自分を客観視し受け入れることが大切なのかなと思いました。私は大きな失敗をしたり、身近な人もまた同じ悩みを抱えていたんだと分かったりしたときに、自分の未熟さに対して腑に落ちた感覚がありました。また、それと同時に自己理解を深めることで、切っても切れない自分と付き合いやすくなるのかなと私としては感じています。

感想2

読んで率直に感じたのは、本当によく自分のことを理解している、客観視しているのだなぁということです。そして、よくわかっているからこそ、苦しみが深いのかもしれないと思いました。タイトルにも「恋愛依存」と表現しているのですが、私はあなたは恋愛をしているというより、恋愛という行為を苦しみをでや和らげるための手段として活用しているのだろうと私は思いました。自分が傷つくとわかっていても、やめられないのはもっと深いところに心の痛みを抱えているのだろうと思います。恋愛という行為はある種の麻薬的な要素があるように私は感じています。どんな形であれ、分かりやすく自分のことが必要だと実感できる時間や瞬間、感覚を得ることができるのだろうと思います。その時だけに訪れる特殊な安心や幸福に似た状況によって、あなたは自分の痛みを癒しているように思いました。それは、悪いことではなく生存戦略であり、自分を守るための合理的な手段だと思うのです。ただ、同時にその癒しの時間は刹那的でもあり、そうではない1人の時間の寂しさや渇望感、不安を深めることにもなるのだろうと思います。だからこそ、さらに求めたくなり、辞めることができないのでしょう。同じような仕組みでリストカットやOD,アルコールやギャンブルなどにその効果を求める人もいます。そうした対処法はアディクションと呼ばれています。しばしば、アディクションは自制心がない、意志が弱いなどと批判的にみられることがありますが、私は違うと思っています。実際に、最近のアディクション理解や支援現場における考えは変わってきていて、私も経験談へのたくさんの投稿を見ても、アディクションに苦しむ人たちが自制心がないとか、意志が弱いとかそういう問題ではないということを痛感します。むしろ、これまでとても耐えてきた人たちであり、権利を守られなかったダメージを自分で解決するために身を削っての行為でさらに耐え忍んでいると思うのです。
今回の恋愛という場面で彼に合わせて無理をし続けたエピソードから、おそらく普段から周囲に気遣い、できるだけ合わせる日々を送ってきただろうと勝手ながら想像しています。そして、そんなあなたが本当に好きなことやホッとできる時間は何があるのかな?子どもの頃に何に夢中になっていたのだろう?と本来のあなたらしさはどこかにあるはずだと思う気持ちが湧き上がりました。少なくとも今回書いてくれた経験談はとても率直であなたの人柄が伝わってくるように思いましたし、高学歴の相手の方よりも、ずっとずっと人間らしく、誠実に生きている人だと私は思いました。
ただ、心の痛みを癒すために恋愛という行為をこれからもあなたは必要とするかもしれません。そして、また繰り返してしまったと思うこともあるかもしれません。私はその繰り返しが全くの無駄であるとは思いません。こうして、自分の辛さに目を向けて、その苦しみを書き記し分かち合ったことに意味があると思うからです。苦しみはこうして分かち合うことで、誰かの役に立ったり、気づきにつながったりして、意味のある存在になります。よかったら、またあなたの声を届けてください。

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