経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

理由は無いけど、もう死にたい。

私は恵まれた環境にいると思います。
仲の良い姉妹もいて、そこそこ良い大学を卒業してそこそこ大きい会社に入社できて。
職場の人にも恵まれています。
決め手となるような死ぬ理由がありません。
でも死にたい気持ちが消えません、ずっと肺の辺りが痛いです。

自分に魅力を感じません。今まで愛嬌だけで乗り切ってきた部分が多く、中身が薄っぺらいです。
仕事もたいしてできる方ではありません。
家族や大切な人にほど怒りっぽくなってしまうことが多々あります。最低です。
友人のちょっとした言動でプツンと何かが切れて、こちらから音信不通にしてしまったこともしばしば。
他責思考でネガティブで情緒不安定です。

小学生の頃から希死観念があり、未だに消えません。
生きる意味が、理由がありません。いまだに見つかりません。
死ぬのが怖いから生きてるだけです。

死にたい気持ちに私は波があるほうだけどここ最近ずっと消えなくて辛いです。
今日も、ふとそういえばもうなんか人生でやり残した事ってないなって思ってしまいました。
3年付き合った初彼氏に振られて早1年半。元彼と付き合っていた時は死にたいと思う事が殆どなく、私も大人になり、希死観念は消えてくれたのかと思っていましたが、別れて再発してしまいました。
元彼への未練からではありません。別れて一年半経った今が一番辛いので。

もしかしたらまた恋人ができたら消えるのかもしれないとも思い、マッチングアプリなど頑張った時期もありました。私は外面がいいのでそこそこモテますが、誰のことも好きになれませんでした。疲れたのでもうやめました。そもそも私は子どもが欲しいと思うタイプでもないのに、まじめに恋愛することに何の意味があるのでしょう。性格的に適当な付き合いをするのはもっと病むと思うので最初からしません。
仕事でもプライベートでも生き甲斐が無いのに、なんで生きていないといけないんでしょうか。

面倒くさがり屋で部屋がすぐに散らかる私ですが、最近はいつ死んでも良いようにしようと思って比較的部屋を綺麗に保つことができています。家族や大事な人達が悲しまないのであれば、すぐにでももう死にたい。自分が死んだら悲しむだろうなって思える人達がいる事はとても恵まれてる事だと思うのに、でも死にたいと思ってしまう気持ちが消えない。
綺麗に跡形もなく、誰にも迷惑をかけずに死にたい。文字通り、消えていなくなりたい。
最初からいなかった事にしたい。
自分でもこんなに恵まれた環境にいると思うのにどうしてこんなに死にたくなってしまうのか不思議です。

なんだかそろそろふとした時に自殺してしまうかもしれないと思い始めたので、危機感を覚えて初めて自分の気持ちを整理する意味で文字に起こしてみました。しんでしまうか、この感情を消す方法を見つけるのが先か、どちらになるんでしょう。。

推敲する気など起こらないので多分文章めちゃくちゃ。

感想1

読みながら、自分も一緒に書いたんじゃないかと思うくらい共感していました。(勝手にすみません)
何かの大きな理由の有無は関係なく、希死念慮がずっと消えずにいる状態は、なかなか重苦しいものだと私は感じます。何をするにも・どこにいても常に死にたい気持ちがまとわりついて、あなたも書かれていたように、波はありながらもそれが上下したり強さが続いてしまう時は、まるで自分が自分じゃないような・でもそもそも自分とは?という気持ちも強くなる状態があるんじゃないだろうか…と、私の体感からですが、あなたの気持ちを色々と想像しています。
私も、外面の良さとその場しのぎの愛嬌のようなもので乗り切ってきた感があるのですが、でも『そうしてないと乗り切ることができなかった』と思う瞬間も多々あります。振り返ってみるとあなたもそうだったんじゃないだろうかと、ふと考えてみたところです。身近な人にほど怒りっぽくなってしまうのも、他責思考やネガティブ…友人のちょっとした言動から音信不通にしてしまうのも、とても共感しております……。自分のネガティブな心の波をうまくコントロールできず(付き合えず)自分でも驚くほど他者に本気で激しい怒りが向く時もあれば、「本当はこんなことがしたいわけじゃない・言いたいわけじゃない!」と、心と言動行動がチグハグな状態になってしまう、そんな瞬間もあったりするのかなぁと、自分を最低と言ったり、あなたの自己分析の部分から、なんとなくですが私はそう感じました。
当時の彼氏といた時に死にたい気持ちが殆ど湧かなかったのは、あなたもとても不思議だったことを想像します。そして同時に、その期間はとても心が軽い瞬間も多くあったのかなと思いました。そういった経験がある分、恋人がいれば…というわけではなく「あの時の感覚はなんだったのか・またそうなりたい」の気持ち探しからマッチングアプリをやってみたことが、文章からこちらにも伝わってきています。”生き甲斐”という言葉から、彼氏といた時には、なんとなくでもあなたにとっての何か…生き甲斐と言えるようなものが、なんらかの形であったのかなと気になりました。それとも、生き甲斐とは言わずとも別の体感的なもの…安全や安心だったり、相手とのコミュニケーションからくる心の平穏…のようなものが、もしかしたらあったのだろうかと、文章を読みながら感じた私の想像です。
死にたい気持ちがあることに対し、違和感や申し訳なさみたいなものも抱いているのかなと感じました。”恵まれた環境”というものが、果たしてその人にとって本当に恵まれている環境なのか、それは誰もわからないんじゃないかと私は思います。「恵まれているのに…」とそこに苦しむ心や、死にたい気持ちをあなたが抱えているというつらさは確実に存在していて、私はそれを感じ、受け取った感覚でいます。危機感からだとしても、あなたのセンサー的なものが発動してここに書き出してみたことを想像したのと、少しでも心の整理になっていたらいいなと私は思います。また、書きながら、自分が感じている様々な事に、一瞬でも気付く部分もあったりしたのではないだろうかと、今改めて初めから経験談を読ませてもらいながら、なんとなくですがそう感じた私もいます。
ここではどんな文章でも大丈夫です。めちゃくちゃな文章だとは思いませんでしたし、自分から出てくる感情を素直に書き出している様子を感じました。
またいつでも投稿をお待ちしています。

感想2

投稿ありがとうございます。あなたの生活は一見平穏に見えるけれど、あなたの感情は様々なことで波うち、揺れ動き、そのたびにあなた自身消耗しているのかなと思いました。個人的には「家族や大切な人にほど怒りっぽくなってしまう」というのは共感しかない……と思って読んでいました。穏やかな人を見ると、あんなふうなら他の人に嫌な気持ちをさせずにすむのかなと思うのですが、持って生まれた気質を取り替えることはできないみたいなので、なるべくぴりぴりしない方法を手探りし続けているところです。情緒不安定という一面の一方で「愛嬌」で乗り切れるということも書いてあり、あなたは瞬間的に人に向けるエネルギーが結構多めのタイプの人なんじゃないかなと想像しました。私自身どちらかというと同じテンションでいることが苦手で、場当たり的コミュニケーションのほうが得意ですが、世の中にはいつも凪状態みたいな人もいたりして、抽象的な話ですが、エネルギー量とか放出のされ方がそれぞれかなり違うことを感じています。

また、あなたが漠然と希死念慮を感じながら、なんとか自分の状況を手探りして改善しようとしてきたことを感じました。私は希死念慮をしばらく感じないで過ごしていると、その分あとで落ちたりするので、妙に調子がいいのは警告と思えてきている昨今です。死にたい気持ちも波があると書いてあったので、もしかしたらあなたもちょっと似たところがあるのだろうか?と重ねて考えてみたりもしていました。
私は精神科での定期的な通院で医師に報告することが定点観測みたいになっていることと、日々飲む漢方としんどいときの頓服薬で、以前に比べれば自分の理解と制御の度合いはかなり上がったなぁと思っています。私たちの感情は体内のさまざまな反応や動きを脳が解釈したものなのだと聞いたことがあります。脳が考えるよりも先に、身体はさまざまなことを感じとっているということなのだなと思いました。それが死にたいと強く反応するとき、自分の心身がどんな状態なのか、すこしずつ探りながら生きています。

「初めて自分の気持ちを整理する意味で文字に起こしてみました」って書いてあって、書いてくれて送ってくれてありがとう……としみじみと思いました。あなたがこれまでなにを感じてきたのか、具体的にはわからないけれど、私にはあなたがだいぶへとへとに疲れているように感じました。どうしたら疲れている部分を休められるのかな……と思います。感情を消すのはむずかしいけれど、感情の見つけ方や触れ方、関わり方をさぐって、みつけていくアプローチもあると私は感じています。この経験談自体、その一つの試みのように思いました。よかったら、またあなたの感じていることを書いて送ってください。

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