経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

虐待は人生が絶望的なものになる

私は小学生のころから高校を卒業して家を出るまで父親にセクハラを毎日受けていました。性がなにかわからない小学生のころからです。毎日風呂に入ってるときは必ず脱衣所にきました。すれ違いざまに触られたり。
母の見ていない、気づかないところがおおかったですが、母も大したことではないと思っていたように思います。
当然ですが心が壊れました。毎日毎日今日こそ襲われるのではないかという恐ろしい恐怖とどうしたらいいかわからない怒りを抱いていました。
胸を切り落としてしまいたいというのが中学生のころの私の願望でした。

そんな感じなので生きている感覚があいまいで、子どもの頃の記憶があまりありません。いくつかのエピソードを覚えてるだけです。
友達はいましたが、いま思うと表面的なもので、誰にも心を許せませんでした。

家をでて就職して、最初の会社はお局や同僚にやっかみでいじめられながらも普通に暮らせてたと思います。
結婚もしましたが、束縛が激しく全身に蕁麻疹が出るようになって4年ほどで離婚。
一度元夫に、虐待のことを話してみましたが「そんなことするわけないだろ!」と怒られました。

結婚中、当時の会社が倒産間近で仕事がなかったこと(これはこれはまじめな人間には多忙よりきつかった)、5分でも家に帰るのが遅かったら「浮気だろ!」という元夫にはさまれ、毎日死にたい、居場所がないと死にたくなる衝動をおさえながら死んだように生きてました。
実家になんてもちろん帰りたくありません。会社も地獄、家も地獄、実家も地獄。
さらには仕事がない、してない罪悪感から悪口を言われてるような妄想に陥り対人恐怖症になってしましました。

当時はまだメンタルの病院はいまほどメジャーではありません。夫に隠れて心療内科に行きましたが、飲んだら死にたくなる薬しかでませんでした。これが20代のころの私です。

視線恐怖症は本当に地獄です。人間がこわい。蜘蛛恐怖症ならなるべくさけられますが、人間は避けられない。
だましだまし生きていきましたが、うつや対人恐怖で何度もだめになり転職を繰り返しました。
30代で限界に近くなり、長期無職になり貯金で生きていましたが、将来の不安でパニック障害になりました。

50になった今はフルで働くことができず基本在宅でかなりの低収入でいきています。
パニック障害で電車に乗るのも困難で、ほぼ引きこもっています。

不安障害、うつ、パニック障害、対人恐怖。これらでは障碍者認定は難しいようです。
いっそ認定されて、理解のある職場で働きたい。
子宮の病気関連で不安障害が強く出るようになって最近本当に本当に限界を迎えています。

母を悲しませたくないから、それだけで死なずに生きています。
最近1つだけ望みがでてきました。
ITをやめて農業などにいくことです。
自然にふれて体を動かす仕事をしたら不安障害もよくなるんじゃないか。
しかし50歳で農業はかなり勇気がいります。
もし出来なかったら……、と不安しかありません。
障碍者が農業に行く取り組みがあるようですが、障碍者認定されてない私はいけないのだろうか。
薬を出されても、なかなか合わず苦しい毎日です

どうか毎日、不安を感じず穏やかに暮らしたい。
望みはただそれだけです。

感想1

気を休めることなく、体に力を入れながらご自身を守ってきたあなたを想像します。愛情を学ぶはずの家庭には、不信感や気持ち悪さが日常的に漂い、そんな中で心も体も成長していく。自分には選択肢が無い事をつきつけられ、どうしようもない現実が苦痛と共にあなたを追い詰めていった。振り絞るように溜めていた力を使い、あなたは家を出てくれた。そこからの暮らしも辛いものがあったこと、配偶者となった人からの共感や理解が得られず自分自身を後回しにせざる得ない状況が続き、あなたの心は一層擦り減っていったように思います。けれどもそんな状況の中でも、自分ために行動する微かな力は残しておいてくれたあなた。心療内科に行ったり貯金をしたり配偶者から離れたり、簡単ではないことを苦労の中でしてのけてくれたこと、あなた自身にとってあなたは信用できるパートナーのように思います。

生きている感覚があいまいだった記憶の中でも、実家は地獄と言いきり続けている。望んでもいない苦労を背負わされたと家族を憎んだり嫌ったりすることは、悪い事ではないと個人的には思っています。私自身3年前に苦労の元凶だった父親が亡くなり、許さないという気持ちは、周囲からの「父親なんだから」という言葉に揺らぐことなく、葬式を出したという親孝行を最後に縁を切りました。世の中には、見えないがんじがらめなことがたくさんあるように思います。一方で自分だけがわかる、自分なりの辻褄もあります。あなたはあなたの辻褄で、これまで踏ん張ってきて居場所はすでにあなた自身とも思います。人間がいくら頑張っても雨を降らせたり、晴れにしたりはできません。人間の勝手が通じない自然にはやっぱり魅力があるように私自身も思っています。投稿いただき、ありがとうございました。

感想2

家庭、職場、結婚、病気…不安と恐怖でいっぱいのなか生きてきたあなたに思いを馳せながら読みました。特に序盤、同じく性が分からない幼少の頃から父親に身体を触られたり、性的なからかいを受けていた私は、つい呼吸を忘れていました。また、タイトルには深く頷いているところです。
性暴力は、相手の意思と身体を侵害する紛うことなき暴力です。にもかかわらず、身体的外傷がつかないからなのか、「性的なこと」自体が軽視されているからなのか何なのか、他の暴力より一つ下に置かれ、軽視されているように私は日頃過ごしていて感じています。特に、家庭内のそれは軽視どころか、性暴力とも見做されず・あるいは「そんなことあるはずない」とその事実さえも認められにくく、不可視化されていると思います。あなたの母親や元配偶者の態度は、このような社会意識を反映した典型的なものではないかという印象を受けました。
数年前ひょんなことからX(旧Twitter)のハッシュタグ、「#私が父親を嫌いになった理由」を覗いてみたとき、同じような経験をした人のなんと多いことかと愕然としたことを思い出しました。性が何か分からない年齢でも、訳が分からないままに他者に身体を侵襲されることに対して不快感や不安感、不信感や恐怖を覚えて当然であるし、性を理解した後は言わずもがなです。あなたの子供時代は、辛いという言葉ではとても収まりがきかない過酷なもの、「生きている感覚」さえ持つ暇のないものだったと感じます。
会社も家も実家もあなたに安心を与えるものではなく、人への恐怖と不信感が強まる様子に胸が詰まりそうでした。現実、あなたは心身の諸症状でとても苦しんでいるのに、どうしてそのような人に対して十分に社会的サポートをしないような仕組みになっているのか甚だ疑問に思います。
そう、どれだけ怖くても社会に生きている限り人は避けられないんですよね……。人を直接に相手にしないという点も含み、私も農業に憧れをもっています。農福連携の取り組みがもっと広まったらいいなとも思ったりしています(障碍のない人でも、もっと容易に、フレキシブルに農業につながれたらいいなとも思います)。
「毎日、不安を感じず穏やかに暮らしたい」というあなたの切実な望み、しかし本来は誰にでも平等にもたらされるべきものなのにと歯痒い気持ちです。せめて、ここが少しでもあなたにとって安らげる場所であれば良いなと思います。またいつでもお待ちしています。

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