経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

ずっとひきずったまま

人と馴染めないまま生きてきた60歳です。先天性股関節脱臼で小さい頃は足を引きずっていました。幼稚園の頃に、コルセットをつけて通園・リハビリを繰り返していました。その頃は、友達とも馴染めた。小学校低学年も普通に登校できて楽しかった。事態が急変したのは、5年生の時。転校してきた男子にずっとイジメられていた。イジメというより監禁に近い感じ。
足の事からはじまり、教室で授業が受けられなかった。
朝登校すると、教室の入り口で待ち伏せされて、向かいにあったトイレに連れ込まれた。1番奥のトイレに、自分の机が運ばれていた。
毎日毎日…教室に行けるのは、授業参観のときだけ。みんなが手を挙げて答えたりするけど、私はわからず教科書を読むのに必死。
給食も、教室で食べた事なんかない
必ず脇に見張りの男子がいたから
両親にも相談した。だけど、相手にしてもらえず、逆に怒られた。
お前が悪い事したからだ!!って。
担任にも話した。女の方だけど…
知らん顔された。
学校から帰ったときには、イヤな事を忘れるために思い切り遊んだ。団地に住んでいたんだけど…真っ暗になるまで…
誰に相談持ちかけても、相手にされないので、人を信じる事が出来なくなった。受け入れてもらえないんだと諦めた。高校になって運動部に入った。足の痛みが軽減していたので。同級生の男子が特別教室から見ていたらしく、吹奏楽部に引っ張られて部活が変わった。でも、自分から打ち解ける事が中々出来なくて、気まずい思いをした。
いろいろ話をしていくうちに、付き合う事になり、結婚出来た。
今の会社に入って25年になるが、容姿の事で陰口を言われている事を知った。6年前に、両足の人工股関節手術をして、杖なしでも歩けるようになったが、面と向かって
侮辱されたのがショックだった。
人を信じる事がこんなにむずかしいのかと。

感想1

経験談へ、投稿いただき、ありがとうございます。
題名の「ずっとひきずったまま」というのは身体的なこと、あなたの気持ち的なことの2つの意味があるように思えましたが、私の中では、子どもの頃から今に至るまで悩んできた、傷つけられてきたということがこの経験談から強く伝わってきたような気がしました。

小学5年生時代のことが詳細に書かれていて、その話を含む、過去の話を何度も読み返して、想像してというのを繰り返し、涙が出そうな感覚でした。

ただみんなと同じように教室で勉強したいだけなのに、ただ給食をみんなと同じように食べたかった、みんなと同じように授業参観で胸を張って手を挙げたかっただけなのに。
そのような言葉が聞こえてくるような気がしました。

そもそも、前提として先天性股関節脱臼の影響で、生活しづらい、痛い、したいことが制限される…というようにその脱臼から直接的にくる悩みもあったのではないかと思えましたが、小学5年生の頃にはじまり、今まで、先天性股関節脱臼というだけで、監禁に近いいじめ、相談しても両親や先生ですら相手にしてくれない、責められるなど、直接的な症状ではなく、あなたの周囲の人々の対応に傷つけられたり、悩まされることの方がずっとずっとあなたを苦しめてきたように思えました。

そして、6年前の人工股関節手術にしろ、これはあくまで私の想像でしかないのですが、お金を貯めて、「今までの状況からよくなれば…!」という強い想いを込めて望んだものだったのではないかと思いました。そして、手術の結果、杖なしでも歩けるようになり、あなたの中で、「やっと杖なしで歩ける…!」というような嬉しさもあったのではないかと思いました。
しかしながら、そんな状況で、面と向かって言われた言葉には、あなた自身が感じていた嬉しさや変化などをまた地に叩きつけるような言葉だったように感じました。

だから、どうしても人に相談できない、信じることができない、その結果、自分でその気持ちを丸め込んで、消化せざるを負えず、自分で自分を保つしかなかったような印象を受けましたし、だからこそ、あなたが過去から今にかけて、傷つきの連続だったことが私には伝わってきましたよ。

改めて、あなたの経験をきかせていただき、ありがとうございました。

感想2

過去からいまにいたるまで、あなたがずっと肌で感じてきた集団の中の暴力や無理解、不躾な眼差しや差別を記憶の断片を掬い出すように書いてくれた経験談だと、読んでいて感じました。低学年では普通に過ごせていた環境が、高学年になって一変してしまったのはなんでなのだろう、いじめた男子がいたからということもあるのでしょうが、一度始まってしまうと止める力が学校になかったのか……悶々と考えてしまいました。直接いじめをした男子だけでなく、あなたが受けてきたことを大人も無視して、それどころかあなたの問題にしてしまったことに悔しく感じました。また今のお仕事を25年ということは、学校よりもずっと長い時間を過ごしてきた場所なのだと思いますが、その場所でも、陰口や暴言を受けてしまったらショックを受けるのは当然だと思います。その出来事から改めて、学校での忘れられないいじめのことを深く思い出していったという部分もあったのかな……と空白の数十年のことを想像していました。

世の中にはまだまだ様々な差別が存在していて、マイノリティであることで積み重なる不利益や傷つく出来事はとてもたくさんあると思います。私自身、一見見えない障がいがありその部分ではマイノリティである一方で、自分のほうがマジョリティで、気づいていないまま差別的な用語を使ってしまっていたことを知ってハッとしたこともいろいろとあります。
先天性股関節脱臼については今まで身近な話として知ることがなく、今回経験談を送ってもらったことで、はじめてすこし調べ、どんなことが起きるのかどんなリハビリがあるのかなどを読み、すこしだけでも知ることができました。これでわかった気になるのも違うとは思うのですが、こういう機会に教えてもらうこと、知ることはとても多くありがたく思っています。
差別は構造的な問題で、本当は減らし、なくしていけるものだと私は思っています。たとえばなにか問題が起きたり、だれかが傷ついたりショックを受けたときに(その人がさらに傷つけられることなく)なにが問題だったのか、どんなふうに私たちが認識を更新していかなければいけないのか、ということを率直に話あえるようになったらいいと思うのですが、現実的にはまだまだむずかしいことが多いと感じています。(世の中には間違えたらいけない、悪いことをしたらいけないという規範が強すぎて、自分がひどいことをしたと認めたらいけないと無意識に思ってしまう部分もあるのかな……とも思ったりします。)

これまでずっとあなたは人を信じることを諦めることで、なるべく自分が傷つくことを減らせるように防衛せざるを得なかったのかなと思います。結婚のことが書いてありましたが、今は周りにはあなたの味方になってくれたり、あなたの愚痴や悲しい気持ちを伝えたりできる相手はいるのでしょうか。無理にだれか人間を信用する必要もないと思うのですが、あなたにとって率直に自分の感じたことを表現する機会や場所がどこかにあるといいなと思ったのでした。

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