社会人2年目の24歳です。
私の人生は後悔がたくさんあり、今でも苦しんでいます。
そのうちの大きな一つとして、大学受験です。
受験の仕方などにも後悔がありますが、特に考えてしまうのは浪人をすれば良かったということです。
でも、現役で進んで良かったと思いたいです。
理由としては、私は行きたいラインの大学があったのですがそこには合格できず、世間でいう恥ずかしくないレベルの合格した大学に進学しました。
私は女性ということもありそんなに気にすることもないし、学歴なんて就活でもほぼ困らなかったので、本当に自分の気持ち次第だと思うのですが、負けず嫌いな自分にとってはとても悔しく、良い大学の人を見ると羨ましい気持ちが消えません。
高校生活で嫌なことがあり、その分勉強にあてて頑張ったのに報われなかったことへも悲しみがあり、何よりも大学入学と同時にコロナ禍になったことが今でも大学に悔いが残る結果となっています。
サークル活動は運良くできたものの問題のあるサークルで今でも付き合えるような人たちではないし、大学にあまり通えなかったので思うように人脈も広げられず、もっと今でも付き合える人と楽しみたかったという気持ちが大きいです。
浪人して1年遅らせていれば、私の代よりは友達もつくりやすかったし、努力はできる自分なら一年頑張って納得いくレベルの大学に通えていたかもしれないと思うと、なんであの時選ばなかったんだろうと自分を責めてしまいます。
受験が終わった後は本当に家から出れないくらい落ち込み、でももう一年勉強したくないという気持ちも強く、周りの女子で浪人する人もいないし、周りの目も気にしてしまって現役を選んだのだと思います。あと1年遅れて年齢が違うのも嫌でした。
当時の自分は高校生活でいろんなことがありながらも毎日塾に通って本当によく頑張ったと思うし、そんなに自分を責めたくないけど悔やんでしまいます。
高校時代の嫌なことというのは元彼が大きな要因で、元彼は浪人して良い大学に行ったので、それも知って結局コロナ禍で浪人は通常より現役生が楽しむ姿を見ずに終えられたのが、私もそうすれば良かったとか元彼に対しての恨みもあります。
考えればキリないのですが、前向きに考ると現役で良かったこともあります。
一つは、幼い頃の夢だった犬を飼えたことです。
浪人してたらそのバイトに入っていなかったかもしれないし、付き合っていなかったかもしれない同級生と長く付き合い、結果的に警察沙汰になり引っ越す羽目になり、犬を飼える環境になり買ってもらえました。
家が特別お金あるわけではないので、親も浪人してたら絶対飼えていないと言っているので、現役だったからこそ出会えた可愛くて大好きなペットだと思います。
もう一つは、今の会社に入社していないということです。
私がたまたま就活サイトで自分の大学ランキングで人気があり目についた会社を受け、内定をもらったのが今働いている会社です。
この会社に入社して嫌なことも山ほどありましたが、こんなに褒めてもらえることはないと思うぐらい自分の営業の才能が開花され、他の同期よりも圧倒的に上位にいることができています。
仕事内容も自分に合っていて楽しく、昇格も早くできそうなので、この会社に入ったことは本当に良かったと思っています。
もう少し上の大学に進学していたらこの職業は選んでいないと思うし、一年遅れていたら見つけられてもないかもしれないです。
あと、自分が出会えて良かったと思うような好きな上司とも被っていないだろうなと思います。
この現役で選んで良かったという2つのエピソードだけで、後悔なんてする必要ないと思うんですが、傷になってしまっています。
なので、私は2年後に大学院に行ってみようかなと思っています。
仕事の区切りが良くなりそうなのが2年後なので、そこで自分が行きたかったレベルの大学の院に進学し、もっと楽しみたかったと思っている学生生活ももう一度送って新しい人と出会ってみたいと思っています。
まだどの学部にしようとか勉強方法とか定まっていませんが、考えながら仕事を頑張ってお金を貯めている最中です。
エピソードを考えても現役で圧倒的に良かったはずなのに、時折やっぱり後悔?も考えてしまい、大学の話題とかになると苦しくなってしまいます。
前に進もうとしていますが、この気持ちはどうしたら良いでしょうか。
大学院で成功したら気持ちはきっと紛れるでしょうか。
私に良い励まし、今までの人生が良い道だったと自信を持てるようなお言葉をいただけたら嬉しいです。
感想1
経験談の投稿ありがとうございます。 じっくりと読ませていただいて、ご自身の人生の選択と、そこから派生する感情をありのままに書き出してくださったのかなと勝手ながら想像しています。 頭では「現役で進んでよかった」と理解できる事実があるけれども、心がそれを完全には肯定しきれず、ふとした瞬間に「もし浪人していたら」という思いが蘇ってきて、胸がぎゅっと締め付けられるような苦しさがあるのかな…とも想像していました(違っていたらすみません)。
学歴が重視される傾向にある世の中に身を置く以上、より偏差値の高い大学や、自分自身が納得のいく大学に行きたいと強く願うことは、とても自然なことのように感じています。 ましてや、高校時代の苦しい記憶と結びついている元彼さんが、浪人という選択肢を経て納得の結果を出しているかも…と思ってしまうと、余計に「どうして…」というやるせない気持ちが湧いてきてしまうのは無理もないことのように私は思っていました。
加えて、あなたが過ごされた大学生活は、コロナ禍と重なっていたのですね。思い描いていたキャンパスライフが送れなかったこと、本来ならそこで得られたはずの出会いや経験が、不可抗力によって奪われてしまったこと…。大学生という貴重な時期だからこそ、その時その場所でしか味わえなかった空気を吸えなかった悔しさは、時間が経っても簡単に消えるものではないと私は思っています。「もしあの時、違う選択をしていたら」という問いが、より深く突き刺さってしまう背景には、そうした時代の影響も色濃くあるのではないかと感じました。
一方で、あなたが現役で進んだ道の先で、愛犬というかけがえのない家族と出会えたり、今の職場でご自身の適性が発揮され、周囲から認められているのですね。私は、これらは「現役でよかった」と無理に納得するための材料ではなく、あなたが悩みながらも一つひとつの選択を重ねてきたからこそ得られた、今のあなたに繋がっている事実なのだと感じました。
だからこそ、2年後に大学院へ進学するという目標を立てられたことは、過去を否定するためではなく、あなたがご自身の手でグルグルしている感情を整理し、納得するための大切な一歩のように私は感じています。 今の仕事でお金を貯め、準備をしながらその時を待つというあなたの決断を、私は陰ながら応援しています。 投稿ありがとうございました。