経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

このままでいいのかな

22歳の女性、現在大学4年生です。
ここへの投稿は2回目になります。前回は温かい感想をくださり、本当にありがとうございました。

私は現在、海外の大学に留学しており、そこで一人暮らしをしています。

1年前、留学生活でのストレスからうつ病を患い、大学3年生のときに半年間休学しました。その後、大学に復学し、現在は学期が始まってから3週間ほど経ちました。

復学する前は、大学生活を再開してまた鬱の症状が出てしまわないか、とても心配していました。しかし、今のところ症状が出ることはたまにあるものの、以前のように深く落ち込むことはあまりなく、なんとか楽しく過ごすことができています。

最近は、あるコスプレイヤーさんに憧れたことをきっかけに、体作りのためにジムにも通い始めました。できるだけ鬱の症状が出ないように、普段の食事や生活にも気をつけ、なるべく体調を崩さずに過ごせるよう、自分なりに生活を管理しています。
そのおかげもあって、体調は比較的安定しており、趣味の時間も楽しむことができています。

ただ、最近少しモヤモヤしていることがあります。

それは、大学のサークルの友達と話したあとに、自分のペースが乱されてしまうことです。

特に、就職活動や将来のこと、そして恋愛について、飲み会などで周りの話を聞くと、どうしても自分と比べてしまい、落ち込んでしまいます。

就職活動について、私は2027年に大学を卒業する予定です。そのため、本来であれば28卒として就職活動を進めるのが一般的だと思います。

しかし、私は自分の体調を考慮して、卒業後すぐに就職活動をするのではなく、29卒の既卒として地元に戻り、大学職員を目指すという進路を考えています。

この学期が始まる前、私は就職活動について、自分の体調を考えながら、これからどうしていけばいいのかをかなり悩みました。
そして、いろいろ考えた結果、「このスケジュールが、今の自分にとって一番無理のない方法だ」と自分で決めました。今はその予定に沿って、無理をしないように生活しています。

そもそも、人はみんな目指している場所も、置かれている状況も違います。だから、本来は他人と自分を比べても仕方がないし、比べること自体にあまり意味はないと思っています。

それでも、友達と会って、それぞれの進路や将来の話、恋愛事情などを聞いていると、「自分の視野が狭いのではないか」「本当にこのスケジュールで進めていいのだろうか」「本当にこのままでいいのだろうか」と、以前自分が悩んだ末に決めたことが、また揺らいでしまいます。

自分のペースを大切にすればいい。他人に影響される必要はない。自分がしっかり悩んだうえで決めたことなのだから、それを信じればいい。頭ではそう分かっています。

それなのに、なぜか人と会ったあとには、気持ちが落ち込んでしまうのです。
その原因の一つは、自分の中にある固定観念なのではないかと思っています。
「4年間海外の大学にいたのだから、卒業後に地元に帰るのはかっこ悪い」
「現状維持ではいけない」
「もっといろいろなことに挑戦できる職種に就くべきだ」
そんな考えが、自分の中にこびりついているのだと思います。

本当は、自分が体調を崩さずに生活できることや、自分に合った環境で働くことのほうが大切なのだと分かっています。それでも、周りの人たちがどんどん先へ進んでいるように見えると、「自分だけ立ち止まっているのではないか」と不安になってしまいます。

恋愛についても同じです。

私は22年間生きてきて、今まで一度も人とお付き合いをしたことがありません。それが自分の中でコンプレックスになっています。
もちろん、本当は恋愛にも人それぞれのタイミングがあり、焦る必要はまったくないと思っています。
今は恋愛をしても楽しいだろうなと思いますし、「絶対に恋愛をしなければいけない」とも思っていません。私はどちらかというと、好きな人を追いかけているときのほうが楽しいタイプだと思います。

それでも、飲み会などで友達から「彼氏が~」「就職したあとに、今の彼氏と結婚したいから~」といった話を聞いていると、また「自分はこのままでいいのだろうか」「自分に魅力がないのかな…」と考え込んでしまいます。
恋愛経験がないこと自体は、本来恥ずかしいことではないはずです。
でも、周りの話を聞いていると、まるで恋愛経験があることが当たり前で、恋人がいることが普通であるかのような空気を感じてしまい、その空気感がとても辛くなります。

私は今、自分の体調を大切にしながら、自分なりのペースで大学生活を送り、将来についても自分に合った道を考えています。

それなのに、周りの人たちと話すだけで、「本当にこれでいいのかな」と迷ってしまいます。

私の今のもやもやを、すべて吐き出しました。

私は、このままでいいのでしょうか。
多分、いいのだと思います。
自分でも、きっとそう分かっています。
それでも、人と比べてしまうと迷ってしまうのです。

感想1

休学を経て調子を取り戻してきたとのこと、とても安心しました。うつ状態にはまとまった休みをとって充電することが有効だと自分の経験から思います。海外の大学で、慣れない言語ばかりが耳に響く中を一人で暮らすということ自体相当な負担があり、心細い瞬間もあるのではないかと思います。運動や食事で体調を管理することは、そのまま自分の心身を大切にすることに繋がると思うので、これからも無理せずにできるだけの余裕をもって過ごすことができたらいいなという気持ちになりました。

私も他人といると疲れてしまう人なので、共感しながら読みました。他人と話していると色々な情報が自分の中に入ってくるので、他人の置かれている状況と今の自分のペースを分離させて、情報を整理するのに時間がかかるしとても疲れてしまいます。多分あなたも情報の吸収率が大きい人で、それが自分の中に流れ込んで自他が一緒くたになってしまうのかなと感じました。
人といると色んな社会規範が流れ込んできてしまいます。「海外の大学に行ったのに地元に変えるべきではない」、「成長しなければ」、「挑戦しなければ」、「恋愛しなければ」などの規範に侵食されて、あなたが溺れていることが伝わってきました。このうるさい規範たちに必ずしも従わず、自分のペースで過ごしていいということは分かっているのに、否応なく自分の中に入ってくる言葉たちに振り回されないでいることはなかなかに難しいことだと感じます。特に、自分に軸を置けなかったり、自信が無いとなおさらです。でもそもそも自分に行動や選択の軸を置くとか、自信を持つにはどうすればいいんだろうと私も悩んでいます。

私たちは生きているだけで他人と比較されたり、「標準」とされているコースを歩むことを強制される場面に多く遭遇してきたのではないでしょうか。それであれば、無意識のうちに自分と他人を比べたり、他人に自分を合わせようとする習性が根付いてしまっても仕方が無いことだと思います。けれど本来は、誰もがそんなことをさせられないで、自分を主体として生きるべきなんだと思います。どうやって自分に人生の軸を戻していくか、自分を信じてあげられるようになるか、こんな社会に生まれてしまった我々に課せられたお題なんでしょう。憎々しいです。

他人に振り回されてしまうこともあると思いますが、これからも自分のことを大切にしていってほしいです。それは私にとっても難しいことで、試行錯誤の日々です。自分の気持ちをこうして吐き出すと文章として自分の考えを把握できるし、誰かに返事をもらうことで安全に自分を俯瞰できるような気がします。これからももやもやを感じることがあればこうして吐き出しにきてくださいね。

感想2

読んでいて、あなたは目標に向かって行動するタイプの人なのだろうなと思いました。コスプレイヤーさんへの憧れから、体力作りや食生活なども気をつけるようになったというを読んで、そういう自己還元の仕方があるんだ!と率直に思いました。目標や生活イメージを定めるまではたくさん悩むけれど、決めたら自分なりにそちらに向かっていくのが比較的得意なタイプなのかなと想像しています。私は目標を定めてから一つ一つ積み上げていくような生活をしない方なので、あなたの文章を読んでいると、そんなふうに生活をしてきている人もいるのだなと改めて新鮮な気持ちになりました。

「それでも、人と比べてしまうと迷ってしまう」とあなたが書いているとおり、自分自身では向かう方向性があっても揺さぶられる瞬間が訪れるのだと思います。それ自体は、人間という社会的な生き物にあっては、多かれ少なかれ生じることなのかなと思います。人の影響をまったく受けない人がいたら、そのほうが少数派のようにも思うからです。
また、その心の揺らぎから自分を知ろうとしている様子も印象的でした。「現状維持ではいけない」といった感覚は、たしかにどこかにあるのかもなと思ったりします。それはあなたがそうだというより、産業革命以降の人間にかけられた巨大な呪いのようなものだと私は感じています。そういう社会はすぐに生きている人たちに自分をエネルギーを生み出せる材料として、より多く、より強く求めてしまっている気がしています。その中で自分の生活を大事にすること、自分に合った環境を探ることは、社会の鋳型ではなく、自分のあり方を大事にする試みのように思いました。
「どんどん先へ進んでいる」人がいるとして、その人はどこに向かっているのでしょうね。スマートウォッチをつけていると、近所を散歩していても、ぐるぐる同じ場所を移動しているだけでも移動距離として数字が加算されていきますが、地球にはもう物理的には「新しい土地」なんてない中で、いつまで人間は「先に進む」ことを素晴らしいことだと刻み続けないといけないのでしょう。もちろん比喩だとはわかっているのですが、でも、それになにの意味があるのかと、その理想は私たちを安全に幸せにするものなのかと問いたくなってしまうことがあるのでした。

世の中には恋愛がいいことみたいな価値観も強いなぁと思います。でも同時に、日本では先月発表された最新の国勢調査でも未婚率は増えてきていて、きっとこれからも増えるんじゃないかなと思うと、結婚する人はこれから圧倒的多数派ではなくなるんだろうな(もうそうなってきているのかな)と思っています。ただ、私はいくつかの職場で働いているのですが、それぞれの職場のあり方やそこにいる人たちによって、未婚・既婚率も大卒率も、マイノリティ性もマジョリティ性も、どんな生活をしてきたかも大きく違うことを感じています。
あなたの周りにいる人は、大学に通っている人が多いのかなと想像します。日本と留学先の国でもいろいろ事情が違うだろうし、それらを合わせても、世の中にはあなたにとって全然関わったことのない属性や経歴、生活の人もたくさんいて、多くの場合、一生かけてもほとんどの人とは関わることがないだろうも思います。その中で、自分の身近な集団というものはよくも悪くも自分の基準に浸透してくる力が近いのだとも思うのでした。

そんなふうに考えていて、もしかしたら人と比べることができるのは、比べる対象が比較的同質に見える(「みんなは」と総括できる)集団だからなのかなとも思ったりしました。もしもあなたがこれからこれまでとまた全然違うコミュニティに入ったり、出会ったことのないような人と関わることがあれば、また違う形であなたの世界観や目標や考え方を揺るがされることもあるのかなとも思いました。
あなたの人生を私が口出しすることはなにもないけれど、あなたにとって生きよい暮らしがカスタマイズされていくことを願っています。

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