経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
遠方に住む姉から連絡が来ると心が削られる。
今日はついに死にたくなってしまった。
涙が止まらない。
攻撃的な言葉を悪いと全く思わず使ってくる。それは私を傷つける言葉であることを伝えても全く伝わらない。次に出てくるのは自分を正当化しようとする脈絡のない言葉だ。
連絡を取らないで関係を封じたいが、母が亡くなり認知症が出始めている父の面倒を見てくれているので、それもなかなか難しく感じており踏み切れない。
姉から連絡がしばらく無いとまたそろそろ突然猛烈に怒り狂ったメッセージが来るんじゃ無いかと恐ろしくなってくる。
早く関係を断ち切りたいが父が心配だ。どうすれば良いかわからない。逃げたいけど逃げられない。
死ねば逃げられる。でも自分の子どももいるので子どもを置いていけない。苦しい。逃げたい。助けを求めたいけど誰にどこに相談すれば良いのかもわからない。苦しい。
感想2
綴っていただいた言葉から、あなたがどれほど深く傷つき、ギリギリのところで耐えてきたのだろうかと、思いを巡らせています。
心を削られる言葉を投げつけられること、「傷ついている」と訴えてもその悲しみが相手には届かないこと…。ひたすら痛みに耐え続けるしかない、どうしようもなく苦しい気持ちを想像していました。
連絡がない時間でさえも、「次はいつ、どんな鋭い言葉が飛んでくるのだろうか」と心が休まらないこともあるのではないかと感じています。常に心に思い鎧を着て警戒しなければならない毎日は、息苦しく、気の休まらないことかと思います…。
そうした中で、連絡を絶ちたいという思いがありながらも、父親さんのサポートという現実的な問題があることで、身動きがとれない状況なのですね。また、すべてから逃げだしたいほど苦しい気持ちがある一方で、お子さんを置いていけないと思う気持ちもあるのですね。私は、どちらもあなたの心の中にある素直な気持ちだからこそ、簡単にどちらかを選ぶ…というのは非常に難しいことなのかなと想像しています。そして、どちらに気持ちを向けても苦しさが残ってしまう、その板挟みになっていること自体も、どうしようもできないしんどさがあるように、勝手ながら私は感じていました。
「どうすればよいか分からない」「逃げたいけど逃げられない」という言葉は、あなたの心のSOSのように私は感じています。
心がギュッと苦しくなった時でも、グルグルが止まらない時でも、また気持ちを置きに来てくださったらなと思っています。一緒にあなたのしんどい気持ちを考えていきたい思いです。投稿ありがとうございました。
感想1
物理的に距離が離れていても、家族ゆえの逃げれない感覚、関わることへの心労がとても大きいし、できれば考えずにいたいのに、考えずにもいられなかったり、心配の気持ちも捨てきれない、そんな感覚は私も経験があり、なんとも言葉にできない苦しさを少しだけ理解できるなと思いました。周りに相談すれば、「関係を断ち切ったらいい」と言われるかもしれない。でもそんなシンプルではないからこそ、困っているそんなこともあるのかなと思いました。あなた自身が一番恐怖を抱えているにも関わらず、あなたの大切な人を守るために今逃げることができないという状況もまたとっても苦しいものだと想像できます。
家族関係のことに外部機関が介入するのはまだまだ慎重な場面が多く、そういった状況で誰にSOSを出したら助けてもらえるのか、一緒に考えてくれるのか、不透明である社会にも課題を感じます。簡単には切り離せない関係の中で苦しんでいるのに「家族のことだから」と本人たちだけで抱えることを求められてしまうのは、とても苦しいことだとも思うのです。逃げたいと思うほど苦しい今のあなたが、これ以上ひとりで抱え込まなくてもいいように、誰かに頼ってほしいと思うし、そのままをSOSとして受け止めてもらえる社会であってほしいと願ってしまいます。